誰がため - 山口拓朗

◆ナチス統治下の重苦しい時代の空気感を巧みに表現している(70点)

 1944年。ナチス占領下のデンマーク。ナチス・ドイツに対するレジスタンス(地下抵抗活動)の一員であるフラメン(トゥーレ・リハンハート)とシトロン(マッツ・ミケルセン)は、上層部からの命令にしたがって、ナチスになびいた売国奴の暗殺を実行していた。ある日、組織の上層部はフラメンの恋人ケティ(スティーネ・スティーンゲーゼ)を密告者と見なし、ふたりに殺害を命ずる。ところが、当のケティからは逆に「組織の上層部が自分たちに都合の悪い人間を『売国奴』としてフラメンとシトロンに殺させている」という旨を告げられる。ふたりは「自分たちは組織にだまされて、無実の人間を殺していたのか?」という罪の意識に呵まれ、しだいに疑心暗鬼になっていく……。

 大局的な戦況描写をほとんど用いることなく、映画は、暗殺の任務を黙々と遂行するふたりのレジスタンス戦士、フラメンとシトロエンの過酷な運命を描く。ただし、彼らを英雄視するスタンスの作品ではない。戦争に巻き込まれた多くの軍人や一般市民同様に、ふたりもまた自分たちの「不確かな正義」を信じたにすぎなかったし、事実、そのために払うべき代償も支払わされる。デンマーク出身の監督ながら、ふたりに対する視点はフェアだ。

 注目すべきは、ふたりが、本来殺すべきではない人を殺していたのではないか? という疑念を抱くようになって以降の展開だ。上層部への疑念、仲間への疑惑、自分の命を付け狙う敵の動向……。そこに二重スパイかもしれないというフラメンの恋人の存在も絡むことで、ふたりの猜疑心は日増しに肥大化する。戦争や権力に翻弄されるふたりは、精神的にも追いつめられ、しだいに焦燥感を募らせていく。大義や正義を疑い始めた戦士ほどみじめなものはない。劇中でシトロンが発した「戦争に正義も何もない。標的を倒すだけだ」の言葉が、戦争の真実を重たく射貫く。

 嫌らしさを感じる一部のズームショットを除けば、陰影を強めた低彩度な映像と抑制を利かせた演出で、ナチス統治下の重苦しい時代の空気感を巧みに表現している。フラメンに扮するトゥーレ・リハンハートと、シトロンに扮するマッツ・ミケルセンは、とくに中盤以降、恐れや怯えを隠しながら銃の引き金を引く繊細な主人公を好演している。また、ゲシュタポのリーダー、ホフマンを演じたクリスチャン・ベルケルや、ドイツ軍大佐ギルバートを演じたハンス・ツィッシュラーらベテラン陣の堅実な演技も、シリアスな物語により大きな説得力を与えている。

 つい先頃「世界で最も幸福感のある国」に選ばれたデンマークだが、過去をひも解けば(1940年4月9日から1945年5月4日)、そこには、語るに忍びないほど辛く痛々しい日々があったのだ――。それを必然と考えるか偶然と考えるかは人それぞれだろう。デンマーク王国公文書館が当時の資料を長い間公開してこなかったことも手伝ってか、史実に基づいた本作「誰がため」は、本国2008年度動員数第1位を記録し、社会現象を巻き起こしたという。「喜怒哀楽」から前後二文字がこぼれ落ちたかのような戦争映画につき、"娯楽"と呼べるような演出は皆無。ナチス・ドイツのデンマークへの侵攻と統治のあらましを予習しておくと、ふたりの主人公に感情移入しやすいだろう。

山口拓朗

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