“戦うジャーナリスト”ことマイケル・ムーア監督によるブッシュ批判のドキュメンタリー映画。あの権威あるカンヌ映画祭にてパルムドール(最高賞)を受賞し、ドキュメンタリーとしては史上初めて全米興行成績第一位を記録した超話題作。
マイケル・ムーアとは『ボウリング・フォー・コロンバイン』の大ヒットで日本でもよく知られる、映画監督にして左派の活動家。ユーモラスな雰囲気漂う巨大な体に野球帽をかぶる労働者階級を表現したスタイルで、あくどい大企業や政府にアポなし突撃インタビューするという、過激な取材スタイルが大人気だ。
しかし、『華氏911』ではお得意のアポなし突撃はやや少なめ。彼が画面に出ることはあまりなく、ほとんどナレーションのみの登場となる。
映画の前半は、ブッシュ政権がいかにトンチンカンなことをやってきたか、数々の本物映像の迫力で見せてくる。ムーアは、恐らくブッシュ政権が長年の間にちょこちょこと残してしまったのであろう「見られたくない」恥ずかしいジャンク映像をかき集め、妙に情けない音楽にのせて次々とみせてくる。編集の仕方もお見事で、これをみれば誰だって「なんてブッシュはマヌケなんだろう」と思うようになっている。試写場内も爆笑の嵐だったが、これは確かに笑わずにはいられない。
また、一般人にもわかりやすく、ブッシュ政権の支持母体や戦争利権とのつながりをデータ付きで小気味よく示す。画面上に文字データが出ることも多い上に、ムーアのナレーションがひっきりなしに字幕表示されているので、結果的にスクリーンに表示される情報量は膨大だ。字幕だけを頼りに見ていると、肝心の映像に気が回らなくなる部分もあるほど。
日本語字幕といえば、その量や内容にてこずったのか、完成がかなり遅れたそうである。しかも、出来あがったものも一部に意味のとりずらい日本語字幕が見られ、決して出来が良いとは言えない。そう言う意味では英語の苦手な日本人にとっての『華氏911』は、DVD等、日本語吹き替え版を利用しての鑑賞に向いた作品といえるかもしれない。
『華氏911』は、マイケル・ムーアが「ブッシュ再選を阻止するために作った」と公言しているように、秋の大統領選で実際にブッシュを落選させることが最大の目的となっている映画だ。つまり、映画は123分で終了するが、本当のエンディングは今年の秋を待たねば見られないという、いわば未完の作品なのである。
よって、映画を見れば、間違いなくその観客にとって今後のアメリカ大統領選挙の楽しみは倍増する。そういう意味では、現実と100%リアルタイムでリンクした大企画『華氏911』は、まさに今見る価値がある。この映画は、アメリカ人の有権者に対して、「さあ、エンディングは君らが作ってくれ」と語りかける作品なのだ。
ただ逆にいえば、映画だけではさほどの充足感を得られないということだ。映画を見て、民主党に投票して、秋に本当にブッシュが落選したとき、初めて観客の満足度は100点となるのだ。作中で大きな成果を見せてくれた『ボウリング・フォー・コロンバイン』とは、この点が大きく異なる。
それにしても、『華氏911』は面白い映画だ。ムーアは決してヒステリックに叫ばず、アイロニカルにユーモアをたっぷり混ぜて共和党政権へ挑戦する。マイケル・ムーアは前回の大統領選で、泡沫候補のラルフ・ネーダーを応援したことで結果的にブッシュを当選させてしまった苦い思いがあるのだろう。今回は『華氏 911』という、ことによると本当にブッシュの息の根を止めてしまいかねない物凄い作品をぶつけてきた。私は様々な理由から、ブッシュの再選は固いと予想していたが、この作品のアメリカでの大ヒットを見ていると、もしかすると……と思えてきた。
日本の左派と呼ばれる人たちと違い、本当に現実の中で勝ちにいくムーアの姿勢はすごいの一言だ。世界最強の大国の権力者に対して、映画の力だけで互角の戦いを見せる彼に対しては、その思想に共感するか否かにかかわらず、尊敬の思いを禁じえない。
(映画ジャッジ)