空気人形 - 小梶勝男

◆ファンタジック・ラブストーリーと宣伝されているが、これはモンスター映画の一種だろう。空気人形の存在が、町を「孤独の集積」として浮かび上がらせていくのが感動的だ(85点)

 「誰も知らない」「歩いても 歩いても」の是枝裕和監督が、業田良家のマンガを映画化し、主演に韓国の女優ペ・ドゥナを迎えた。ペ・ドゥナが演じる空気人形が「心」を持って、恋をする話と聞けば、誰もが感傷的なファンタジーを想像するだろう。実際、「ファンタジック・ラブストーリー」として宣伝もされている。それも間違ってはいないが、さすがに是枝監督。ただのファンタジーにはなっていない。

 「空気人形」と上品にいっても、これはいわゆるダッチワイフなのである。ファミリーレストランでアルバイトをする、もてない男(板尾創路)が、性処理のために使っている人形だ。「心」を持ってから、人形は人間となり、男の部屋を抜け出して近所のビデオ店で働き始める。そこで働く若者(ARATA)を好きになるが、夜には再びダッチワイフに戻る日々が続く。

 ファンタジーにしては、セックスシーンや、直接的なレイプシーンがあって、嫌に生々しい。人形から人間へ変身していく場面も妙にリアルで、ファンタジーの描写ではない。まるで特撮映画だ。ラストにはホラーのような血まみれの惨劇が待っている。

 変身、悲恋、ショックシーン。さらに悲劇的なラストとくれば、これは一種の特撮映画、あるいは「フランケンシュタイン」などのモンスター映画の系譜につながっているのではないか。その証拠に、フランケンシュタイン博士のような立場の人物も登場する。オダギリジョーが演じる人形師だ。

 「フランケンシュタイン」などのモンスター映画はファンタジーの一種ではあるが、ジャンルが限定された場合、強調されるのは悲劇性だ。それは、無垢なる存在(モンスター)が「恐怖」として受け止められ、現実社会で様々な軋轢を生む悲劇といえる。恐怖の裏側に隠されているからこそ、観客はその純粋性、悲劇性に素直に共感できるのだと思う。

 本作では、無垢なる存在は「恐怖」とだけ受け止められるわけではない。町の様々な人々に、様々な形で関係していく。その様々な関係の有り様から、町全体が「孤独の集積」として浮かび上がってくるのが感動的だ。人々の孤独を浮き彫りにする媒体となることで、空気人形の純粋性もまた、浮き彫りになっていく。その意味ではミシェル・ゴンドリーら3人の監督のオムニバス「TOKYO!」にも似た印象がある。

 町の風景を生き生きと描くリー・ピンビンのカメラが素晴らしい。都会のような、下町のような、郊外のような不思議な町を、極めて表情豊かに捉えている。そして、人形から人間になる変身場面が実によく出来ている。それは、人形を演じたペ・ドゥナの巧みさでもある。日本語がたどたどしいのも、モンスター役であれば気にならないし、メイド姿も絵になっていた。人であって人でないものの存在の儚さを見事に表現していた。

 それにしてもペ・ドゥナは、「リンダリンダリンダ」では女子高生、「グエムル・漢江の怪物」ではジャージ、本作ではメイドと、コスプレぶりが際立っている。ペ・ドゥナの「コスプレ女優」ぶりを楽しむのもいいかも知れない。

小梶勝男

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