『秒速5センチメートル』は、一言で言うとアニメ版『時をかける少女』を気に入った人なら、まず間違いなく満足するであろう映画だ。
内容は、一人の少女を思い続けた男の十数年間を三話構成で綴った連作短編もので、上映時間は60分間。第一話は主人公の貴樹(声:水橋研二)と明里(声:近藤好美)の小学生時代から始まる。
舞台は東京の小学校。転校を繰り返してきた二人は、互いの境遇の類似からやがて特別な思いを寄せ合うようになる。明里が栃木の中学校に入ってからも仲良しのまま文通を続けていたが、1学期の終わりに貴樹の鹿児島への転校が決まる。貴樹は最後に明里に会うため、栃木県の小山の先まで向かうが、彼の乗るJR宇都宮線は記録的な豪雪に見舞われる。
待ち合わせ時刻がせまり、ひたすら焦りと無力感ばかりがつのる主人公の心境をうまく表したストーリーだ。95%くらいの確率で女性との待ち合わせ時刻に遅れる私ではあるが、そのくせ遅れそうになるとやたらと罪悪感にとらわれる気持ちなど、よく理解できる。中学一年生にとって、一見近い東京-小山間がどれほど高い壁か。二人の距離感と重ねたその設定も絶妙だ。
光や背景のディテールにこだわりぬいて、ていねいに描きこまれたアニメーションは、主人公の少年の心の動きをしっかりと伝えてくる。ただ、あまりにカット割りが細かすぎて、ちょいと焦りすぎの印象も受ける。せっかくの素敵な絵が、少しも堪能する間もなく次々と消えて行ってしまうのはあまりにもったいない。この監督にはもっと長い上映時間で、ゆったりとした間を持たせた作品づくりが似合うと思う。
モノローグが多く説明過多な部分も見受けられるが、そうした青臭さもまたひとつの味か。ただし、初恋の相手を愛し続ける純粋な男の気持ちを描いているように見せながら、そのじつそれが強烈な自己愛にすぎぬ事をそれとなく示唆した部分もあり、なかなか一筋縄ではいかない奥深さも感じさせる。いずれにせよ、アニメーションによる人間ドラマとしては、屈指の完成度といえるだろう。
その新海誠監督は、監督から声優、脚本すべて担当したデビュー作『ほしのこえ』(2002、日)のクォリティの高さでアニメファンを驚かせた逸材で、「後発監督として絵の丁寧さで勝負する」と語るとおり、とんでもなく美しい映像を作り上げる人。
この『秒速5センチメートル』も、メインスタッフと1年半自分の家にこもって作るという、ずいぶんと職人的なやりかたで作り上げたものだが、まさに人の手による、心のこもった丁寧なアニメーションを1秒1秒堪能できる佳作といえる。短編とはいえこの60分間は、凡百のアニメ作品の何本分にも匹敵するほどの価値があろう。とくに、第三話タイトルバックからの数分間は、ゾクゾクするほどの感動を得ることができる。
『秒速5センチメートル』は、かつて愛した女性をいまでも忘れられないすべての男性にオススメする、日本アニメの傑作。男は女よりずっとロマンチストであり、センチメンタルなもの。仲良しの女の子へ久々にメールしたらあて先不明で戻ってきたとき、そんなことを考える私のような人は、本作を見てそのせつなさにぜひ涙してほしい。
(映画ジャッジ)