スカーレット・ヨハンソンがセレブのナニーを演じる(40点)
アメリカでは経済的に余裕のある家庭ではナニーと呼ばれるベビーシッターを雇う場合が多い。彼らは雇い主の家に住み込みか、通いで子供の家庭教師や世話をし、お手伝いさん(メイド)とは違う役割を果たしている。『私がクマにキレた理由(原題:THE NANNY DIARIES)』ではナニーに似ても似つかない女優スカーレット・ヨハンソンがひょうんなことからある裕福な家庭の子供の世話をすることになる。
大学を卒業したアニーは母ジュディの誇り。彼女は大学では人類学を専攻していたが、女で1つで子を育てた母は彼女にビジネス業界でお金を稼いで楽な暮らしをして欲しいと願っている。アニーは自分の進路に悩む。一体自分はどんな人物なのか?何がしたいのか?未来の自分はどんな姿をしているのか?そんな時、彼女が公園で物思いに耽っていると、ミセスXという女性に出会う。彼女はアニーをナニーとして雇いたいと申し出る。母に内緒でとりあえず夏の間はナニーとして働く事を決意するアニーだが…。
本作は女性に圧倒的な支持を得たエマ・マクラフリンとニコラ・クラウスの小説『ティファニーで子育てを』が原作で、それをシャリ・スプリンガー・バーマンとロバート・プルチーニが共同で脚本を執筆し監督も務めた。彼らは2003年、サンダンス審査員賞をはじめ多数の映画賞を獲得した『アメリカン・スプレンダー』の監督としても知られており、個性的な演出が魅力的な彼らが『アメリカン・スプレンダー』が好きな人達を失望させる映画を作ってしまった。
『私がクマにキレた理由』は主人公アニーのナレーションが物語をリードする。そういう意味では『セックス・アンド・ザ・シティ』に近い印象を与え、マンハッタンが舞台の主人公の女の子の自分探しのストーリーという点では『プラダを着た悪魔』を連想させる。ただ、そういった「女性に支持を得る」映画を意識し過ぎたせいか上2つの作品に比べ本作はだいぶ個性の感じられない作品になっている。特に肝心な部分の描き方が浅いのだ。どうしてアニーがナニーという束の間の職業を通し、自分探しをしていくのかが本作の要であるにも関わらず、いろんな事が起こる中で、その要はなぜかぼんやりしている。そのぼんやり加減が21歳の主人公の物語に丁度良い気もするが、インパクトの薄さはかなり致命的だ。
また、アニー役のスカーレット・ヨハンソンの魅力もこの映画では随分と損なわれている。見どころは彼女のパンティくらいだ。スカーレット・ヨハンソンはこういった女性に支持を得る系の作品には似合わないのだろう。最近では、彼女の魅力を最大限に活かしているのは『マッチポイント』『それでも恋するバルセロナ』のウディ・アレンくらいだ。アニーの友人を演じるアリシア・キーズやミセスX宅の隣人のハーヴァード大生を演じるクリス・エヴァンスは正直誰が演じても良く、キャラクターの個性も強くない。
そんな中ひと際輝いて見えるのがミセスXに扮するローラ・リニー。彼女は過去にアカデミー賞に3度ノミネートされているだけあり、演技には定評がある。ミセスXの高級ブランドに身を包み、落ち着いた様相は『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープを思わせ、ローラ・リニーはミセスXの傲慢さや夫にかまってもらえない寂しさを見事に表現している。それから『アメリカン・スプレンダー』で主人公を演じたポール・ジアマッティが再びバーマン&プルチーニ監督作に出演しているのが嬉しい。ジアマッティはミセスXの夫ミスターXに扮している。
この映画の舞台は金持ちが多く住むアッパーイーストサイド地区。アニーはお金持ちの家に暮らせる様にはなるがミセスXやX夫妻の息子グレイヤーに振り回される日々を送る事になる。しかし彼女は気付く、X夫妻は子供には無関心だという事を。特にミセスXは仕事を持っていないにも関わらずショッピングやアッパーイーストサイドの奥様方達が集うセミナーに忙しく、グレイヤーは寂しい思いをしている。彼の相手をするのはナニーのアニーだけ。
この映画の中で、アニーが何かドジをするとグレイヤーが「ママに言いつけるぞ」と言ったり、アニーがグレイヤーに食べさせてはいけない物を食べさせるシーンがある。もしグレイヤーが意地の悪い子だったら、ミセスXにアニーの不祥事を報告するだろうが、グレイヤーは何も言わない。グレイヤーは実はアニーを気遣う心の優しい子だと思わされてしまうが、そこにはきっと違う理由があるのだ。グレイヤーは母親に話したい事はたくさんある年頃。しかしミセスXは息子に聞く耳を持たず、グレイヤーには母親と話すチャンスすらないのだ。『私がクマにキレた理由』は自分探しの物語としては説得力に欠ける。半ばアニーの進路はどうでもいいくらいに映ってしまっている。しかし、ミセスXとグレイヤーの関係を通して家族がどうあるべきか少し考えさせてくれる。軸よりも側面の方が面白い作品だ。
(岡本太陽)