渇き - 岡本太陽

◆鬼才パク・チャヌク監督によるリアルなセックス描写が魅力の異色ヴァンパイア映画(80点)

 ヴァンパアが血を欲しがる衝動は常に性的な臭いを持つ。記憶に新しい映画『トワイライト』シリーズでも主人公の少女がヴァンパイアに噛まれる事をセックスに例えて演出している。その傾向は第62回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した異質な韓国産ヴァンパイア映画『渇き(英題:THIRST)』にも見られるが、本作ではフランスの自然主義文学家エミール・ゾラの小説「テレーズ・ラカン」の展開に沿って、その血と欲望の切り離せない関係を斬新な切り口で描いてゆく。

 メガホンを取るのは『オールドボーイ』を含む復讐3部作で海外からも注目を集めたパク・チャヌク。今回も彼の抜群のセンスが作品全体を支配し、例えセックスと暴力の描写が多くとも、その奥にユーモアが感じられるものとなっている。まずソン・ガンホ扮する主人公の敬虔な神父サンヒョンがヴァンパイアになってしまうという意表を突く設定から、物語がパク氏ならではの一筋縄ではいかない展開になる事が読めるだろう。

 物語の冒頭、病院で死にゆく人々を看取るボランティアを続ける事に救いを感じる事ができず、サンヒョンは人助けをしたい一身で謎の伝染病のワクチン開発のための自殺同然の人体実験に志願する。アフリカの大地にポツンと佇む研究所。そこは最新の技術が完備された施設ではなく、他から完全に隔離され、徹底的に簡素化がなされた場所。気の遠くなるくらいの青空の下、可哀想な1人の神父は発病し息絶えるが、輸血により再び息を吹き返す、肉体に大きな変化を伴って…。彼はなんと人間の血を欲する体質になってしまったのだ。

 蘇った神父の噂は瞬く間に広がり、サンヒョンに奇跡の癒しの力があると信じる者たちが出現する。そんな中、彼はひょんな事がきっかけで幼馴染みガンウ(シン・ハギュン)と再会し、彼の妻テジュ(キム・オクビン)と運命的な出会いを果たす。テジュはガンウの母・ラ夫人(キム・ヘスク)の養女として育てられたが、後に義兄であるガンウと結婚した。家では奴隷の様に扱われ、鬱屈した毎日を送るテジュの前にサンヒョンが現れた事から彼女の人生はドラマチックにうねり始める。

 抑制せざるを得ない環境にいるサンヒョンとテジュは同じ人種の臭いを察知してか、互いに引かれ合う。神に身を捧げる者として童貞であるサンヒョンだが、抵抗し難い魅力を放つテジュの前には自制を働かせる事が出来ず、2人は愛欲に溺れてゆく。それだけでは飽き足りない彼女はサンヒョンにガンウ殺害を促す…。はじめテジュの心は空っぽで、目もぼんやりとしており、何か掴み所のない印象を与える。しかし、彼女がサンヒョンの影響で徐々に自分の殻を破り、恥じらいを捨て、人生を謳歌していく様は際限を知らない怪物を蘇らせてしまったかの様だ。

 サンヒョンとテジュの関係を語る中で欠かせないのは、濡れ場。しかし、本作におけるそれは、ヴァンパイアと人間のファンタジーセックスの美しさや官能さを見せるのではなく、叙情的な物語の中で、抑圧されて生きてきた2人の人間の体をもっての自我の解放。狂おしい程の愛しさ、優しさ、怒り、悲しみ、この2人が体を重ね合う事で互いの感情が爆発する。また、彼らの営みはリアルで、体を介して心で愛し合う事の素晴らしさを描き出す。このようなセックス描写はハリウッドでは不可能に近い。なぜなら人々はセックスばかりして戦争に行きたがらなくなるに違いないからだ。

 サンヒョンはテジュによって童貞喪失の手ほどきを受け、性的には開放的にはなるものの、物語の冒頭で彼が人の死を見つめる事に意義を見出せなかった様に、彼の神父としての、寧ろ彼のこの世での存在意義への問いはずっと続いてゆく。ヴァンパイアになり、テジュと出会い、初めて愛を知り、彼の心に大きな成長が見えれば、映画としてうまくまとめられたと言えるだろうが、本作は敢えてそれをしない。生まれ変わったにもかかわらず、主人公の無力感は最後まで消える事はなく、また聖職者でありながらも性の快楽を知ってしまった事で罪の意識と葛藤し続ける姿が印象的だ。

岡本太陽

【おすすめサイト】