河童のクゥと夏休み - 福本次郎

◆生活臭あふれる家族との会話や微妙なバランスの上に成り立つ友達との関係、登場人物の何気ない言葉や仕種。人間の日常生活を丁寧に描くことで、河童という非日常的なものを受け入れるための舞台装置にリアリティを与えている。(40点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 生活臭あふれる家族との会話や微妙なバランスの上に成り立つ友達との関係、そういった登場人物の何気ない言葉や仕種。人間の日常生活を丁寧に描くことで、河童という非日常的なものを受け入れるための舞台装置にリアリティを与えている。ただ、どうでもいいようなエピソードまで挿入し結果的に上映時間をいたずらに長くしてしまい、映画からスピードと躍動感を奪っている。テーマを絞り込みもう少し編集することで、内容を凝縮するべきだ。

 康一が川べりで拾った石から子供の河童が現れる。河童はクゥと名づけられ、康一の家族と共に暮らすことになる。ある日、康一は河童伝承の残る遠野にクゥを連れ出すが、そこで判明したのは、もはや河童は絶滅したということだった。

 マスコミのメディアスクラムと群集心理。そしてそれが暴走したときの恐ろしさ。河童がいると聞きつけ、連日のように康一の家に押しかける人々の無節操な振る舞いがクゥを傷つける。人間の恐怖心が生んだ妖怪の方が人間に恐怖心を抱くという逆転の構造。川や沼といった水のある自然に対する畏怖心が河童という幻想を作り上げ、それはお互いのテリトリーを守っているうちは共存できるという先人の知恵だったはず。しかし、いつの間にか傲慢になった人間による開発のおかげで行き場を失っても抵抗することすらできない。クゥは弱り果てた自然の象徴として人間にもてあそばれた挙句に無力感だけを植えつけられる。

 沖縄のキジムナーの元でやっと水と緑に恵まれた安住の地を見つけたクゥ。弱いもの小さなものにも、命があり心がある。そして彼らを大切にすることが、ひいては地球環境と人間を守ることだと映画は訴えたいのだろう。ところがそこに家族、友人関係やいじめ、ペット虐待からマスコミの過剰報道と無責任な一般人などというあまりにも盛りだくさんな内容にしてしまったため、焦点がぶれてしまった。

福本次郎

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