沈まぬ太陽 - 前田有一

3時間22分、途中休憩10分の大長編(70点)

沈まぬ太陽

© 2009「沈まぬ太陽」製作委員会

 『沈まぬ太陽』は、山崎豊子の長編小説の映画化。この原作は彼女の作品の中でも「映像化されていなかった最後の傑作」という位置づけらしい。これまでなぜ映画化、ましてテレビドラマ化されなかったのか。様々な理由があるだろうが、その一つは内容が猛烈なJAL批判にならざるを得ない、という点と無縁ではないだろう。

 ナショナルフラッグキャリア「国民航空」の労組委員長・恩地(渡辺謙)は、副委員長の行天(三浦友和)とともに労使交渉を勝ち抜き、労働者の待遇改善を勝ち取った。だが、決して妥協しない恩地には厳しい懲罰人事が待っていた。一方行天は経営陣と関係改善し、出世のメインストリートを登り続けていく。そして、長きにわたる僻地勤務の末に恩地に与えられた任務は、御巣鷹山に墜落したジャンボ機被害者遺族の世話係という過酷なものだった。

 『沈まぬ太陽』どころか、JAL本体が沈みかけている今日この頃だが、もちろん本作はすべてフィクション。パンフレットにもやたらと目立つ文字で強調されているが、もちろんそんなものは建前に過ぎない。戦後、日本航空の内部で何が起きていたか、航空史上最悪の墜落事故の裏に何があったのか。スタッフ、キャストが一丸となってその謎に挑む本格社会派作品である。

 出版、放送といった業界における大スポンサーを敵に回してこの作品を作り上げた人々の決断、勇気にまずは最大限の賛辞をささげる。この作品は、映像作品にできただけでも奇跡のような一本である。皆さん、本当に立派な仕事を成し遂げた。一生の誇りにしてよいことだ。

 映画化企画自体は前世紀からあったものの、当時のプロデューサーが死去するなどして頓挫。会社を変えて新たに立ち上がったのが本企画だ。主演の渡辺謙はプロジェクトの立ち上げ当時から強い希望で立候補し、渾身の役作りで主人公を演じた。

 その姿はまったくもって、昭和のモーレツ親父そのもの。正義感があり、純粋で、不器用かもしれないが、迷わず突っ走る体力を持つ。ブラック会社に入って欝になるいまどきの若者が100人束になってもかなわないほどのバイタリティ、根性一徹のお父さんだ。まさに、日本の良心である。

 この映画のすばらしい所は、こうした登場人物のみならず、映像がまるごと本物の昭和30年代、40年代のように見える点。この時代を描く場合、箱庭的なセットや妙に新品くさいVFXに辟易することが多いが、本作の美術スタッフ、そして照明・撮影陣はまれに見るいい仕事をした。

 原作者・山崎豊子たっての希望で原作の要素を全部入れ込むことになったため、3時間22分という長大な作品となった。途中休憩が10分入るが、画面ではカウントダウンされ、あっという間に過ぎてしまう。女性はトイレの行列に並んだが最後、後半開始に間に合わないかもしれない。

 休憩が入る日本映画は4時間半ほどもある「東京裁判」以来、26年ぶりという。若い人はきっと、経験したことすらないだろう。連れ合いと途中感想などを話し合うのは楽しいものだ。この機会に一度体験してみたらよいと思う。

 製作陣は、渡辺謙演じる主人公の生き様に「失われた日本人魂」を見て取ってほしいと考えているようだが、私の考えは違う。渡辺謙は確かにいかにも昭和親父のように見えるが、これは相当美化されたALWAYS的昭和人だ。

 むしろ、悪役である行天や会社側の姿、すなわち金のためにむちゃくちゃの限りを尽くし、誰も責任をとろうとしないまま救いようのない破滅に向かう姿こそが、日本人の悪しき特性ではないのか。少なくとも、私はそちらにこそ異様なリアリティを感じるのである。

 社会派ものとしては、政治家サイドの非情さがまだまだ描けていないように感じた。ちなみに、登場人物にはほぼすべて、モデルがいる。中曽根内閣時代の話だから、わかる人にはすべてわかるだろう。

 それにしても、労働組合の委員長がスーパーヒーローとは、えらく思い切った。実際には、むしろそれこそがJAL経営悪化の原因と言う人さえいるのだが、本作の立ち位置は明確だ。とたんの苦しみを味わったとはいえ、家族の生活は安泰だし、のんきに象なんて撃っているセレブな暮らしぶりは、腐っても大企業だなぁと感心せずにはいられない。

 そんな複雑な思いを抱かせる一面はあれど、平均を上回る見ごたえの社会派作品であることに違いはない。水分補給は控えめにして、体験のほどを。

前田有一

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