◆一切の会話を拒み、脱走してはわざと捕まり、さらに警戒厳重な監獄に送り込まれるのを望む。自由を得るために逃げるのではなく、拘束されるために逃げる。その奇妙な発想は官憲の意表を突き、見る者の予想を裏切り続ける。(50点)
金網からかすめ取った針金で錠を開け、鼻血をねじにこすりつけ鉄格子を緩め、歯を削って作ったレンチで手錠をはずす。身のこなしは軽業師のようにしなやかで、小窓を抜け梁を登り屋根をかける。拘置所・刑務所を脱獄することだけに10年以上の月日を費やした男の恐るべき執念と情熱。一切の会話を拒み、脱走してはわざと捕まり、さらに警戒厳重な施設に送り込まれるのを望む。自由を得るために逃げるのではなく、拘束されるために逃げる。その奇妙な発想は官憲の意表を突き、見る者の予想を裏切り続ける。
刑務所に収監された鈴木は1時間もしないうちに高窓を破って姿を消すが、すぐに捕まってしまう。その後もあらゆる縛めや監禁をモノともせず、いとも簡単に独房を抜け看守を欺く。そんな鈴木に看守長の金村は興味を抱く。
刑務所という司法制度を愚弄するかのような鈴木の行為は、国家に対する挑戦状。舞台は昭和初期、まさに日本が軍国主義に向かう過程で、民衆が鈴木を「脱獄王」と英雄視する場面が権力への強烈な風刺となって効いている。しかし、鈴木にはそんな気持ちは微塵もなかったはず。何度目かの逃亡の後、独房で宙づりにされた鈴木が唯一口にする「ふれあい」という歌の歌詞に、ずっと1人で生きてきたけれど本当は誰かにそばにいてもらいたいという彼のメッセージが込められていた。孤独を愛しながらも人の温もりを求めている、そんな矛盾した鈴木の心が共感を呼ぶ。
やがて鈴木は絶海の孤島・監獄島に送致される。ここで初めて、逃げるために脱獄するのではなく、監獄島送りになるために脱獄を繰り返していた彼の目的が明らかになる。島に収容されている父親に会うには同じ囚人として収監されるのが唯一の手段。だが、せっかく見つけた父親の目印である胸の入れ墨を確認しないなどということがあるだろうか。終盤まで小気味よいテンポで展開してきたのに、このラストシーンには一気に脱力してしまった。それが板尾創路の狙いなのかもしれないが。。。
(福本次郎)