東京島 - 前田有一

東京島

© 2010「東京島」フィルムパートナーズ

◆現代的でユニークな無人島映画ではあるが(40点)

 映画の中で無人島が出てくる場合、65パーセント程度の確率でセクシー美女が漂流してくる。その美人はたいてい作品の中で不自然に大きなおっぱいを晒すので、男たちは無人島ものが大好きである。12チャンネル(東京の場合)や深夜帯にこの手の映画が多いのも、需要と供給の経済原則からみれば当然であろう。

 しかし、平成日本ではそんな昭和の常識は通用しない。『東京島』で沖縄方面の無人島に流れ着く40代主婦は、たしかに美人だが裸にはならないし、周りの男どももその生命力に圧倒されて手を出せない。じつに現代的な展開(すなわち先読みしにくい)を味わえる。

 結婚20周年のクルーズの途中で事故にあい、南国の無人島に夫と流された主婦、清子(木村多江)。島のサバイバル生活の中で、夫のふがいなさに気づいた彼女は、ひとり文明社会への生還を強く誓う。やがて島にはきついバイト先を逃げ出してきたフリーター16人もやってきて、清子は島の中でたったひとりの女として生き生きと振舞い始める。

 木村多江は魅力的な女優だが、この難しい、そして女優としてはちょっと嫌であろう役柄をうまくこなしている。なにしろ、「平凡な主婦かつ不美人で、しかも年増」というヒロイン増。だめ人間揃いとはいえ、まわりの若い男たちに襲われるわけでもない状況は、オンナとしてはちょっと痛い。

 これをほとんどノーメイクで演じるのだから、たいした役者根性といえる。しかし、エルメスのスカーフをドレスのようにまとったシーンなどでは、しっかり地の美しさを垣間見せる。今までのは役作りよ、とでもいいたげな、女としての自信が、そのままヒロインに乗り移っており見事である。

 彼女の天敵として登場する、変わり者中の変わり者ワタナベを演じる窪塚洋介もはまり役。無人島生活が長く続いたころ、なぜか亀の甲羅を背負って浜辺を闊歩している姿にもまったく違和感がない。頭のネジが飛んだような役柄をやらせると、この人は本当にうまい。

 島のアイドル的存在(?)であるはずのたった一人の女性を、堂々とババァだのと罵って、オンナの武器を利用しようとしている主人公の痛いところをつくやりとりは、うまいこと観客に居心地の悪さを感じさせてくれる。

 さて、そんな草食大国ニッポンの縮図のような「東京島」に、やがて中国人男だけで構成された漂流者グループがやってくる。密航犯罪者であり、サバイバル技術に長けたたくましい彼らは、人数こそ少ないがニッポンのシマウマのような男子たちを圧倒する。

 まずいよやばいよとか言いながら、右往左往するだけの日本人若者集団が興味深い。かつて昭和の男たちは敗戦のトラウマか、欧米の男にコンプレックスをもっている者が少なくなかった。心身ともに能力差などないのに愚かな事であるが、そんな時代も過ぎ、2010年の映画では脅威となるのが中国人となっている。

 平成の若者は、経済政策大失敗でヒーヒー言っている、とっくに底が知れたマヌケな欧米白人などにコンプレックスなど感じていない。いまだにそんな連中の幻想に騙され六本木で目を輝かせているのは、相変わらずバブル脳なスイーツ女子だけである。

 むしろ世間をしっかり見据えた今時の若い男性たちは、歌舞伎町に数年くらして100万単位の借金(来日時の闇社会への経費)を完済し、それどころか200,300万といった金を溜め込んで凱旋帰国するアジアの労働者のたくましさに「かなわない」と感じるわけである。

 彼らから労働者としての自信を奪った社会のあり方に対して、私は少なからず怒りを抱いているが、そうした社会背景が意図せずこうした作品を生み出したのだとしたら、それはそれでユニークな観察対象として社会学的な好奇心を刺激するものだ。

 問題は、この映画のストーリーがあまりに退屈で、東京島の暮らしよろしくゆる過ぎるということ。それが個性というのかもしれないが、ならばその分、笑いの間の取り方には徹底してこだわって欲しかった所だ。コメディータッチの映画で笑えない事まで、オフビートの一言で許していいとは私は思わない。

前田有一

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