◆歯切れのいいセリフの応酬から浮かび上がるお互いの主張の矛盾、暴かれていく秘密と嘘。過去が煮詰まっていく過程で、己をさらけ出す開放感が登場人物の心を浄化していく様子は、空が晴れわたるようなさわやかさをもたらす。(60点)
ひらめきを感じる映画で、最小限の素材で最大の効果を上げることに成功している。近未来。サムは、地球で必要なエネルギー源を採掘するために、たった一人で月の基地に滞在している。地球との直接通信はできず、話し相手は人工知能を持ったコンピューターのガーティだけという孤独な任務だ。会社からの契約期間は3年で、あと2週間で任務を終えて家族が待つ地球に帰ろうという時、頭痛や体調不良に襲われ、ついに基地の外で作業中に事故に遭ってしまう。なぜか基地の中の診療室で目覚めるサム。さらに、自分とガーティしかいないはずの基地内で自分そっくりの男に遭遇し驚愕する。これは幻覚なのか?
監督のダンカン・ジョーンズは、伝説的なロックスターであるデヴィッド・ボウイの息子である。音楽界ではなく映画の世界でこの人が発揮した才能は、親の七光りとは無縁の鋭い映像センスと独創性だ。それでも、どこか感覚を麻痺させるようなBGMや、モーツァルトの美しい楽曲の盛り込み方に、父譲りの音楽センスを感じてしまう。演技派のサム・ロックウェルが一人芝居という難役をこなせば、名優ケビン・スペイシーのベルベットのような美声が物語に深みを与える。頭痛や幻覚、幻聴をきたすほど孤独な任務は、主人公サムの精神を蝕んでいくが、確かに存在しているもう一人の自分とは会話も出来るし共に仕事も可能。ミステリアスな任務の実態が、サムの心象風景と共に解き明かされていくプロセスが、実に上手い。SF好きの人ならこの謎の正体は察しがつくはずだ。
SF映画の成功の鍵は、現在をどう拡大投影するかの技にある。ミッションの全貌を知ったサムの選択は、たとえどんな状況にあろうともアイデンティティーを守ろうとする本能は奪えないという決意だ。さらに企業の非情なまでの利潤追求の姿勢への痛烈な批判でもある。ハリウッドの大掛かりなSFとは明らかに違う手触りの小規模・低予算の映画だが、アメリカ映画を含めた名作SFへのオマージュが垣間見えて、監督のSFへの愛情が伝わってくるようだ。山椒は小粒でもピリリと辛い。サスペンスフルでありながら哀しくて優雅な英国映画の佳作だ。
(渡まち子)