日本のいちばん長い夏 - 福本次郎

◆元高級官僚・日本軍首脳部の面々からは、死なずに済んだ民間人・軍人への謝罪や反省の弁は一言もない。安全な場所で戦争の行方を決定する彼らと前線の一兵卒を比較したとき、国の首脳の無能と無責任にはあきれ果ててしまう。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 もはや降伏は避けられない状況なのにポツダム宣言を“黙殺”したゆえ無駄に失われた十数万の命。元高級官僚・日本軍首脳部の面々は、1945年の夏に己がどれほど国のために最善を尽くしたかを滔々と訴える。そこには死なずに済んだ民間人・軍人への謝罪や反省の弁は一言もなく、ただ自己弁護に終始する。屁理屈や言い逃れるようなそぶりは見せず、自分たちがおかれた立場を冷静かつ客観的に顧みる風を装って巧みに政府というシステムや物故者へ責任転嫁するのだ。もちろんこの座談会が敗戦を総括する場でないことは分かっている、それでも安全な場所で戦争の行方を決定する官僚・参謀と戦場で明日をも知れない一兵卒を比較したとき、国の首脳たちの無能と無責任にはあきれ果ててしまう。

 昭和38年に文藝春秋に掲載された「日本のいちばん長い夏」という座談会を再現しようとする映像作家は、スタジオにセットを組み当時の出席者を文化人やタレントに演じさせる。並行して出演者に戦争の思い出を語らせる。

 戦争末期・内閣書記官長という政権中枢の要職にあった迫水久常を演じた湯浅卓が秀逸。いやらしいまでにもったいをつけた理路整然とした話し方はエリート臭がプンプンと漂い、決してわが身の非を認めない歪んだプライドの高さを象徴している。対ソ連工作にあたった大使や外務官僚も画面のこちら側でコントローラーを操作しているゲームプレーヤーのごとく広島・長崎そして満州の悲劇を他人事のように見ている。映画の中で、彼らにとって国民の命がいかに軽いものだったのかがこれでもかと語られる。プロの俳優ほど入り込まないがタレントとしてカメラの前でしゃべるのは慣れている、そんなキャスティングが見事にはまっていた。

 一方で、ビルマや中国の前線で砲火をくぐりぬけた兵隊や沖縄戦の現場にいた看護婦の証言には、血と炎と銃弾そして無残な死が生々しいほど身近に感じられる。しかし、彼らは国の指導部いた人間を目の前にしても、恨み事一つ言うわけでもなく淡々と記憶をたどっていく。「兵隊に敵愾心はない、空襲も天災のように感じていた」という言葉に、戦争を生き抜いた人々のリアルな実感が一番こもっていたように感じた。

福本次郎

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