斬撃 ZANGEKI - 小梶勝男

◆セガール映画ではなく、ゾンビ映画。セガールが活躍しない代わり、悪夢のようなスプラッター描写に見応えがあった(66点)

 スティーヴン・セガールのいつものアクション映画かと思ったら、セガールがほとんど活躍しないのでビックリ。その代わり、かなり本格的なゾンビ映画だった。

 とはいえ、出てくるゾンビたちは、いわゆる「ゾンビ」の定義に当てはまるのかどうかは微妙だ。むしろ「28日後・・・」(2002)などに登場する「感染者」に近いだろうか。いったん死んでから蘇るので、すでに人間ではないが、走るし、知性があって言葉も話す。人肉も食べるが、血をコップに受けて飲んだりもする。ジョージ・A・ロメロのゾンビのように、頭部を破壊しないと倒せない、というわけでもない。映画の中では「吸血鬼」扱いもされている。かなり進歩しているようだが、設定が今ひとつ曖昧なゾンビだ。

 ゾンビが蔓延する街を政府が空爆しようとするが、ある病院で非感染者6人が発見される。ゾンビのうろつく病院からの6人の脱出が大筋。一方では、ゾンビ狩りをする「ハンター」という自警団みたいなグループがあって、そのリーダーがセガール。ゾンビを見つけては殺し、病院に入って、たまたま非感染者を助け出すのだが、それだけなのだ。主役は脱出する非感染者の方だ。空爆の前に脱出できるかどうかというサスペンスもあるが、非感染者もハンターたちも空爆を知らないという設定なので、あまり盛り上がらない。

 今回、セガールはただ歩いて、ゾンビを日本刀で斬るだけで、セリフも殆どない。アクションはカットを割ってごまかしているのがはっきり分かる。日本刀は振っているが、殺陣になっていない。キックもほんの少し見せるだけ。その分、「沈黙の報復」(2007)でセガールのスタントマンを務めたタノアイ・リードがゾンビ相手に格闘して頑張ってはいるが、やっぱりセガールにアクションをやってもらわないと、「セガール映画」としては不満が残る。

 セガールの登場はあくまでも嬉しい「おまけ」。これはゾンビ映画として見るべきなのだろう。スプラッター描写には力が入っており、見応えがあった。ゾンビと化した感染者たちが死体の腹を割き、はらわたをつかみ出して貪る様子が、しっかりと描かれている。

 非感染者の一人が、照明が点滅する中、内臓や手足がぶちまけられた病院の廊下を引きずられていく場面や、腹から内臓が飛び出した死体が天井からたくさん吊り下げられている場面などには、悪夢のような凄みを感じた。

 また、感染者が増えていけば、非感染者の方が「異常」となるというセリフは、ロメロの最初のゾンビ映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」(1968)の元ネタになったヴィンセント・プライス主演作「地球最後の男」(1964)を踏まえているのだと思う。劇中で感染者を「ゾンビ」ではなく「吸血鬼」ではないかと言っているのも、「地球最後の男」を意識してのことだろう。それはゾンビの設定を曖昧にしてしまった一因でもある。ゾンビ映画の起源ともいえる古典への目配りからも、作り手は「セガール映画」でなく「ゾンビ映画」を作ったのだということが分かる。

 セガールにもっと大暴れして欲しかったという気持ちはあるが、次回作以降に期待しよう。ゾンビ映画としては及第点を超えて十分に楽しめた。

小梶勝男

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