抱擁のかけら - 福本次郎

◆2人組の警官が自分たちの持つ権力をひけらかし、被疑者のとる卑屈な態度をもてあそびあざ笑う。思わず嫌悪感を抱いてしまう警官の不正に何らかの因果応報があるのかと期待させながら、映画は予想外の方向にブッ飛んでいく。(70点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 愛の喜びと失った時の怒りと絶望、一旦忘却の彼方に押しやったそれらの感情が年月を経て熟成され、主人公の胸によみがえる。死という事実を冷静に見つめなおして思い出を客観視し、新たな発見を加えて再評価する。悲劇には違いない、だが前に向かって歩き始めるのが生き残った者の務め。10年以上も時間が止まったままの彼が、ある男との出会いを通じて生きる力を取り戻す過程を、幾重もの秘密と嘘、謎と伏線で包み、愛という最もミステリアスな心の真実に迫っていく。現在と過去が頻繁に行き来する中で、諦観と希望、喪失と再生が見事なコントラストで描かれる。

 盲目のライター・ハリーの元にライXと名乗る男が脚本の執筆を持ちかける。彼の話を聞くうちに、かつてマテオの名で映画監督をしていた頃、撮影中に新人女優・レナと深い仲になった日々を思い出す。レナは富豪の愛人だったが、才能豊かなマテオに惹かれていく。

 富豪はマテオの映画に出資する代わりに、メイキングビデオを撮る名目で息子のJr.を撮影所に送り込み、レナを監視する。そのビデオにレナが富豪の悪口を言う現場が映っていて、会話を読唇術で解読する場面が笑える。歳老いても性欲は旺盛な男の嫉妬と、クリエイティブな女は財力よりも創造性に魅力を感じる象徴的なシーンだった。富豪はレナに愛を乞うが拒否され、彼女を階段から突き落として大けがをさせ、マテオとレナの運命は大きく暗転する。

 富豪によって無残に殺された映画を、現在のマテオがもう一度ネガを集めて編集しなおし、レナと映画に再び命を吹き込もうとする。それはマテオ自身が人生に復帰する作業でもある。ここでライX=Jr.の存在が重要になってくるが、Jr.が隠し撮りしたレナが事故の直前に交わしたマテオとのキスは、Jr.にとって抑圧者たる父への復讐であるとともに、ゲイであったにもかかわらずレナを愛してしまった強烈な彼女への想いではないだろうか。ふたりの写真を破り捨てたのもきっとJr.だ。そもそもマテオに、レナの唯一の出演作品を完全な形で復活させるきっかけを与えたのは、ほかならぬJr.なのだから。過去は変えられない、しかし現在に能動的に働きかければ未来にも変化は訪れ、悲しい記憶が美しく変わることは可能なのだ。

福本次郎

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