◆「ホラー映画向上委員会」第1回上映作。日本的な恐怖を描いて、自主映画としては驚くほど出来がいい。(85点)
この映画は劇場未公開映画です。評価の基準は未公開映画に対してのものとなります。
今年8月、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のホラー映画コミュニティで知り合ったファンらが「ホラー映画向上委員会」というグループを結成した。名前の通り、ホラー映画の地位向上のため、良質のホラーを選んで上映するのが目的だ。
その最初の作品として、8月1日、東京・下北沢トリウッドで本作が上映された。第一弾に選ばれたのにはわけがある。自主製作としては、驚くほど出来がいいのだ。
不仲だった父親が死んで、東京の下町にある生家に越してきた和夫(吉田テツタ)。その日から、妻の美那子(高橋理通子)の様子がおかしくなる。近所の主婦と諍いを起こし、ほかの男と会っているという噂が流れる。そして、なぜか奇妙な淫靡さを漂わせ始める。和夫は幼い頃、この家に一人の若い女性がいたことを、ふいに思い出す。
古い日本家屋には、かつてそこに住んでいた人の記憶が閉じ込められているような感じがする。そんな怖さを本作は50分という短い尺の中で、存分に描いている。
おどろおどろしい幽霊が現れたり、派手なショックシーンがあったりするわけではない。日常にもありそうな、ふとした違和感が、少しずつ積み重なっていくのがスリリングだ。その中で徐々に変わっていく美那子を演じた高橋理通子が凄い。ある時の表情など、顔が人間離れして、「猫」そのものに見える。特別なメークをしているわけではないが、彼女を通して「憑依」が確かに表現されている。恐怖とエロスもうまく融合されていて、日本的な怪談としてはとてもよく出来ている。
日本家屋が怖いのは、障子や押入などで空間を仕切っても、西洋の建物のように完全に区切ってしまうのではないところにあると思う。仕切ることで闇が出来てしまうが、その闇は「封印された別世界」ではなく、いつ日常に侵入してくるか分からない、別世界とゆるやかにつながった闇なのだ。本作は日本家屋の影の部分を非常に巧みに描いている。そこに観客は「見えないもの」まで見てしまう。それは、幼い頃の記憶の曖昧さや、自分という存在の不確かさにもつながっているだろう。日本家屋の造りは、日本人の自我の在り方を反映していると言ってもいい。
クライマックスの恐怖描写には物足りなさを感じたが、自主製作映画にありがちな、明らかにダメな画面が一つもない。監督・脚本・編集を手がけた柘山一郎氏の力量は十分に感じた。
「憑依」はホラー映画向上委員会の主催で、12月5日、6日にも神戸映画資料館で上映される。私家版でしかDVD化されていない本作を上映するだけでも、ホラー映画向上委員会の意味はあると思う。是非、一人でも多くの人に見て欲しい。上映スケジュールは「憑依」公式ホームページで確認出来る。
(小梶勝男)