愛を読むひと - 町田敦夫

◆重いテーマを隠した、数奇な愛の物語(80点)

 ドイツで書かれたベストセラー小説「朗読者」を、『リトル・ダンサー』(00)『めぐりあう時間たち』(02)のスティーヴン・ダルドリー監督が、丁寧かつ丹念に映像化した作品だ。ヌードや老けメイクをいとうことなく、ヒロインの数奇な人生を演じきったケイト・ウィンスレットは、6度目のノミネートにして初のオスカーを手に入れた。

 序盤の舞台は1958年のドイツ。15歳の少年マイケルは、21歳年上の(21歳の、ではない)ハンナと激しい恋に落ちる。だが、ベッドでマイケルに本を朗読させるのが常だったハンナは、ある日突然、姿を消した。8年後、法科の授業の一環で裁判の傍聴に訪れたマイケルは、戦犯法廷で裁かれるハンナを見て愕然とする。実はハンナには、重罪を科されようとも守り抜きたい秘密があって……。

 15歳の少年とナチス女とのセックスが描かれるとあって、撮影中から偏見と好奇の目が向けられていたこの作品。期待(?)に違わず物語の前半では、ウィンスレットが衣装を身につけているシーンの方が少ないほどだ。とりわけ最初のヌードシーンのカット割りは意外性と衝撃度十分で、純朴なマイケルならずとも息を呑む。初体験の直後にマイケルが家族との食卓で覚える、浮遊感や誇らしさや不安の入り交じった、曰く言いがたい感情の表現も秀逸だ。男性なら多かれ少なかれ我が身の「その時」と重ね合わせるかもしれない。

 『チャタレイ夫人の恋人』の朗読を聞いたハンナが、「猥褻だわ」と言い出して巧まざる笑いを誘うシーンも。そういうあなたは15歳の少年と何をしてるんだか。年の離れたカップルのそんな危うげな交情の中に、本作の作り手はハンナの抱える「秘密」への伏線を巧妙に折りこんでいく。彼女がマイケルに本を朗読させること自体、実はそうした伏線の一部。その秘密がついに明かされる時、私たちはハンナの歩む困難な人生を思わずにいられない。

 未成年ポルノまがいに始まる本作だが、ハンナとマイケルが裁判所で再会して以降は、戦争犯罪や個人の尊厳といった重いテーマに切り込むシリアスなドラマに移っていく。ハンナはナチスの看守だった時代の“残虐行為”を裁かれるのだが、その弁明には一定の説得力があり、「裁判長、あなたならどうしましたか?」という彼女の問いかけに、ドイツ国民はこぞってたじろいだはずだ。

 ドイツだけの話ではない。日本映画の『私は貝になりたい』を観てもわかる通り、戦犯という「氷山の一角」の背後には、彼らがそういう行為をするよう有形無形の圧力をかけた無数の国民がいる。いみじくもマイケルのゼミ仲間のひとりが、「戦犯裁判など目くらましだ。この裁判の被告たちは、たまたま生き残った囚人が本を書いたからスケープゴートにされたに過ぎない」と指摘するのが印象的だ。ダルドリー監督や脚本のデヴィット・ヘアは、原作小説には登場しないこの学生の発言をもって、原作の論点を一層明確にしていると言える。

 人に言えない秘密を抱えたハンナは、必要以上に不利な判決が下されるのを承知でそれを隠し通そうとする。それに気づいたマイケルが、ハンナ本人の意志に反しても秘密を暴露すべきかと葛藤するところが本作のもうひとつの焦点だ。ハンナの決断が彼女を無期懲役にするように、マイケルの決断もまた、彼を精神の獄につなぐ。再び朗読者となったマイケルの助けで、ハンナがハンディキャップ(それがつまりは「秘密」であるわけだ)の克服に乗り出す姿が感動的なだけに、最後に待ち受ける帰結があまりにも重い。

町田敦夫

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