彼とわたしの漂流日記 - 福本次郎

◆最初は「HELP」と脱出を試みるが、食料と寝床を確保すれば「HELLO」に変わる意外に楽しい無人島生活。絶望から希望、そして再生への過程をファンタジックとリアルが混じった筆致で描き、二つの心が触れ合う瞬間が切なく美しい。(80点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 人生に絶望して命を断とうとしたのに、しがらみがすべてなくなると生きようともがきだす。外界から隔離された世界では、食べることがすなわちサバイバル、たった一人で無人島に漂着した男はごちそうを夢に見て、自らの手で完遂する計画を立ててたくましさを身につけていく。最初は「HELP」と必死で脱出を試みるのに、食料の入手法と寝床を確保してしまえば「HELLO」に変わる意外に楽しい孤島暮らし、映画はそんな主人公の姿を通じ人間に必要なものは何かを教えてくれる。どん底から希望、そして再生にいたる過程をファンタジックとリアルが入り混じった筆致で描き、二つの心が触れ合う瞬間がたまらないほど切なく美しい。

 自殺しようと漢江に飛び込んだキムは中州にある立ち入り禁止の島で目覚める。外部と連絡が取れず、仕方なく花の蜜やキノコで飢えを満たすうちに、魚や鳥を捕れるようになる。その一部始終を対岸のマンションで引きこもっている女がカメラの望遠レンズで観察していた。

 「狩猟採取」に頼っていたのが、ジャージャー麺を作る目的のため鳥の糞から種を取り植物を育てる「農耕」を始め、わが身に滴る汗を調味料に使う。さまざまな漂着物を利用して道具を工夫し、生活の質を向上させていくキムの行動がディテール豊かで、さながら人類の進歩を見ているよう。この“生きる”という根源的な行為が、高層ビルから手が届くような距離の場所で起きているコントラストが、物質と便利さにあふれた現代社会に対するシニカルで鮮やかな文明批評になっている。

 女はボトルに入れた手紙でキムにメッセージを送り、キムは砂地に返事を書いて2人はコミュニケーションをとる。お互い孤独ではないと知るが、キムはもはや世俗に戻る気はない。初めはキムを心配していた女も、キムが立ち直り彼女に対して「WHO」「WHY」の問いをなげかけるにつれ、同じ立場だったキムが遠い所に行ったような疎外感を覚える。立ち直ったキムと、いまだ引きこもったままの自分。女はその差を埋めるすべもなく途方に暮れる。やがて台風がすべてを洗い流してしまい、女は、再び気力をなくしたキムを助けようと街に出る。彼を乗せたバスが走り去った後で突然止まるという、一度あきらめさせておいて奇跡を起こす展開は非常に洗練されていて、胸の奥にいつまでも温かさが残るラストシーンだった。

福本次郎

【おすすめサイト】