崖っぷちの男 - 青森 学

無実の罪を着せられた男の鮮やかな逆転劇がじつに爽快な1時間42分。(点数 80点)


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ニューヨーク市にある老舗のホテルで、壁に張り付いた縁から今にも飛び降りようとしている男がいる。男の名はニック(サム・ワーシントン)。数日前、刑務所を脱走したばかりの受刑者だ。無実を訴えるニックは今まさに飛び降りんとばかりに野次馬を煽るが群衆の期待とはよそに彼にはある計画があった。

この映画はニックが飛び降り自殺を図る裏の意図は早くから明かされているので、飛び降りるか否かで鑑賞者の興味を引っ張る話では無い。推理小説でいうのなら、最初から犯人(エド・ハリス)は明かされて、その犯人をいかに出し抜くかの駆け引きがこの映画の見所になっている。

ニックが飛び降り自殺を図るその動機の裏で進行するニックの弟(ジェイミー・ベル)が実行する計画こそがサスペンスを生む中心と言っても良いだろう。
また、ストーリーはビルの庇に立ち身体を張って警察の捜査網を撹乱するニックと彼に指名されて交渉を担当する女刑事のリディア(エリザベス・バンクス)との信頼関係が生まれる過程もまたもうひとつのドラマになっている。

難点を挙げれば、上映時間が1時間42分のせいか、話をかなり刈り込んでいるので、登場人物の背景があまり描かれておらず、俳優の科白だけで事情を察するしかないところが説明として充分ではないように感じた。もっともそれのトレードオフとしてテンポの良いストーリーには仕上がっているのだが。

刑務所の面会で、ニックが同僚の刑事(アンソニー・マッキー)に「ここではキスは禁止だ」というジョークを言うのだが、これはキリストを裏切るユダになぞらえており、a Judas kiss とは裏切りの意味を表す。それが本当かどうなのかは映画を観て確認してほしい。冒頭のシーンなので唐突にこの会話が続いてふたりのキャラクタが掴めないのだが、背後にそのような事情があるのだ。日本人はこのシーンを見て当惑してしまうのだが、聖書を読んでいるキリスト教圏の人には「ははーん」と合点がいくのである。

巧妙に伏線が張られているところも面白い。ホテルで最後の晩餐(これもキリスト教的!)を食べてから自殺騒動を起こすのだが、説得に来た警官が、彼が使った食器から指紋を採取して身元を割り出そうとするのだけれども指紋は一切残されていない。この謎もラストを観ればスッキリする。振り返ってみて数々の謎が解けた時、その爽快感は何倍にもなるだろう。

濡れ衣で投獄され、名誉を回復するというストーリーがキリストの受難にオーバラップしているように思えるのがこの作品。ビルの高みにひとり立ちニューヨークの市民を相手に衆目を集めるのはさながらキリストのようである。サスペンスを描きながら背後にキリストのカリスマが二重露光されている点が脚本としては秀逸といえるだろう。

青森 学

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