大鹿村騒動記 - 福本次郎

深い余韻を残す作品だった。(点数 60点)


(C)2011「大鹿村騒動記」製作委員会

山奥の小さな村、300年続く村歌舞伎の主役を今年も演じようとする男
の元に、駆け落ちした妻が記憶障害を患って戻ってくる。一緒に駆け
落ちした男に連れられて。この導入部のみで、辛い日常を送らざるを
得なかった主人公の人物像が浮き彫りにされる設定が小気味よい。妻
は憎い、奪った男にも腹が立つ。だが、惚れた女に幼なじみとあって
は冷たく突き放すのも気が引ける。結局、悪態をつきつつも行き場の
ないふたりを許す優しさが、村における彼の立場を饒舌に説明する。

山間部の村で食堂を営む善は歌舞伎の稽古に余念がない。そこに18年
前に駆け落ちした妻の貴子と幼なじみの治が帰ってきて、治は貴子を
返ていく。彼女はかつて演じた歌舞伎のセリフを口にする。

村人たちがそれぞれの思いを胸に抱えながら恒例の村歌舞伎の準備に
余念がない中、リニア新駅の誘致に始まり、性同一性障害の若者の苦
悩などのトピックを盛り込む。そんな中、冴えない風貌でパッとしな
い運命に愚痴を垂れながらも、一度舞台に上がると別人のごとき立派
な見栄を切る善。その、ハッとする落差を原田芳雄が苦み走った顔で
演じて見せ、酸いも甘いも噛み分けた男の奥行きを見事に表現する。

夫婦にしかわからない感情の機微、記憶の底で消えていなかった愛し
た思い出、そうした感傷がふと蘇る瞬間の善と貴子の表情に、そこは
かとない人生の味わい深さがにじみ出る。それらのシーンをさらりと
流すように描くことで深い余韻を残す作品だった。

福本次郎

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