夕凪の街 桜の国 - 福本次郎

◆生き残った者は体にケロイドの痕を残し、心に自責の念を抱き続ける。戦後13年、あえて原爆がなかったことのように口にせず、復興の夢を見ながら生きているヒロインに、自分が幸せになってはいけないという思いがのしかかる。(70点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 生き残った者は体にケロイドの痕を残し、心に自責の念を抱き続ける。戦後13年、あえて原爆がなかったことのように口にせず、復興の夢を見ながら生きている広島の人々。言葉にすると自分や自分の知り合いが後遺症で倒れるのではという不安。時としてそれは現実となる。貧しいながらも平和を取り戻した日常、それでも戦争の傷跡はいつまでも消えず、生々しい記憶に口をつぐんでしまう。さらに、命拾いした自分が幸せになってはいけないという、死んでしまったものに対する思いがのしかかる。

 昭和33年、原爆で父と妹を亡くした皆実は母と二人暮らし。そこに疎開して以来疎遠だった弟が帰郷、恋人もできて幸せだったが、体調が悪化し始める。平成19年、七波は広島に向かう父の後を尾行するうちに、自分のルーツと原爆の悲劇を実感する。

 原爆が「落ちた」という弟に「落とされた」と訂正する皆実。過去は変わらない、諦観のように事実を受け止めて生きていくしかない。それでも原爆は人為的な行為であった事はきちんと伝えなければならないという彼女の気持ちが痛いほど伝わる。皆実がいまわの際に原爆を落とした米兵に恨み言を吐くシーンと、半身が焼け爛れた物言わぬ地蔵が、被爆した人々のすさまじいまでの怒りと怨みの気持ちを代弁していた。

 そして放射能という毒はは徐々に健康を蝕む。原爆に同じように被爆してもその影響は人それぞれ、突然血を吐いて倒れる人もいれば、天寿を全うする人もいる。それだけではなく、被爆者2世、3世にまで健康被害は影響し、根強い差別も待っている。七波の母は胎児で被爆したため早死にし、被爆3世の弟も恋人と破局。60年以上経っても人間の暮らしを蝕み続ける原爆の恐ろしさが身に沁みた。薄れ行く原爆の記憶を家族の歴史として記録し後世に伝える。それを体験した人が持つ言葉の重みだけが、核兵器の廃絶に説得力を持たせることができるのだ。

福本次郎

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