◆かりそめのベトナム観光を疑似体験できる(80点)
10歳の少女トゥイ(ファム・テイ・ハン)は両親を亡くして以来、叔父が経営するすだれ製造工場で働きながら暮らしている。だが、仕事のミスで叔父にキレられることに嫌気がさし、家出する。辿り着いたホーチミンの街で、知り合ったフーティウ店の少年の紹介でバラの花束売りの仕事をすることになったトゥイは、誰も知らない人たちばかりのこの街で客室乗務員のラン(カット・リー)と、動物園の飼育係担当の青年ハイ(レー・テー・ルー)に出会う。トゥイは、三人で暮らすことを願って二人を引き合わせるのだが……。
一人の少女の五日間の家出劇を描いた本作は、一見ハートフルなファミリー向け作品だと思えるが、トゥイが偶然出会ったランとハイのそれぞれの不器用な恋愛模様の描写が大人の味を存分に引き出しているため、単なるファミリー向け作品とは一味違った作風に仕上がった。大人でも楽しめるような作り方は大いに認めたい。
本作は、殆どが手持ちカメラで撮影されており、その出来栄えは60年代フランス映画のヌーヴェルヴァーグ作品を彷彿とさせる。特にトゥイが児童施設に入れさせようとする職員から逃げ回るシーンは、ヌーヴェルヴァーグの代表作『勝手にしやがれ』(59)を思い出させる。
また、観る者をホーチミンの街にいるかのように思わせるための手段の一つとしてオール同時録音を施し、大量のバイクや車が走行する街の騒音をすべて拾ったのである。ホーチミンの街並の活写はリアルであり、エネルギッシュな感じが強くて印象深い。庶民の生活風景も興味深い。中でも夜の街並は一番インパクトが強く、アンダーグラウンドな雰囲気すら醸し出しており、エキゾチックな魅力を存分に感じさせてくれる。かりそめのベトナム観光を疑似体験できるような演出が素晴らしく、本作が持っている最大の魅力とも言える。
主人公トゥイのキャラクターも魅力的で良い。夢見がちであり、夢を実現させようとするひたむきな姿勢と負けず嫌いの強気な一面が印象的であり、そんな彼女が観る者に勇気を与えると同時に幸せな一時を感じさせてくれる。彼女を取り巻くランとハイの存在も忘れられない。二人は、トゥイに対して優しく接するが、トゥイが間違ったことをすればしっかりと叱ってくれるのだ。それも、ただ単に悪い部分だけをあげつらって激しくて厳しい叱り方をせず、しっかりと理由を話して諭すという優しさを内に秘めた方法で叱る。これこそ現代の社会が忘れている本当の優しさであることを実感させてくれる。
これまでに映画で描かれなかったベトナムの魅力と三人の主な登場人物が織り成す優しさと幸せを存分に満喫できるレアで貴重な作品と言いたい。
(佐々木貴之)