◆都会派カップルがド田舎でロマンチックなドタバタを展開(70点)
都会で飛ぶ鳥を落とす勢いだった主人公が、ひょんなことから田舎暮らしを余儀なくされて、自分のすさんだ生き方を問い直す。そんな主題の物語は昔から繰り返し作られているけれど、『噂のモーガン夫妻』はそこに中年夫婦の愛の再生というテーマを絡めた点が新しい。監督・脚本のマーク・ローレンスは『トゥー・ウィークス・ノーティス』『ラブソングができるまで』に続いて三度ヒュー・グラントを主演に起用。彼の妻役は『SATC』のキャリーことサラ・ジェシカ・パーカーが務めた。
夫の浮気が原因で別居中のポール(グラント)とメリル(パーカー)は、たまたま一緒にいるときに殺人事件を目撃。FBIは殺し屋が夫妻の口封じを図ると考え、2人をワイオミング州の片田舎に住む保安官に預ける。夫婦仲が険悪なまま一つ屋根の下で暮らすことになった2人は、ニューヨークとは勝手の違う田舎暮らしに四苦八苦しながらも、互いの本当の気持ちに気づいていくのだが……。
実世界ではタイガー・ウッズの“無条件降伏”といった体の謝罪会見が話題になったばかり。謝罪なら奥さま本人にすれば十分だと思うが、あちらのメディアはそれでは許してくれないらしい。本作のポールもまた、メリルの許しを乞おうと猛烈に謝罪する。夫婦カウンセリングも受けます、不妊治療にも協力しますと、男性である筆者から見れば涙ぐましいほどの譲歩ぶりだ。ところがメリルの怒りは一向に解けず、氷の彫刻やら、小惑星に妻の名前を付けるやらといった(しょーもない)プレゼント攻勢も(当然ながら)ことごとく空振り。やはり「女が望むこと」と「女が望むだろうと男が思うこと」の間には、深~いギャップがあるようです。
グラントもパーカーも、ロンドンやニューヨーククラスの大都会でなければ一瞬も生きていけそうにないタイプだから、彼らをワイオミングという舞台装置に放りこむことは、それ自体がギャグだ。マンハッタンではそれぞれ弁護士、不動産ディーラーとして成功しているポールとメリルも、田舎に行けば薪割りひとつできない身。彼らがクマに出くわしたり、嫌煙権などどこ吹く風のオヤジにやりこめられたりする顛末が大いに笑いを誘う。口の減らないポールはこれでもかというくらい皮肉なジョークを連発するので、お聞き漏らしのないよう。保安官夫妻を演じたサム・エリオットとメアリー・スティーンバージェンも、達者な演技で、ひ弱な都会者との対比を表現した。
ローレンス監督はしかし、単に笑わせるだけではなく、夫婦の間のビミョーな機微も丹念にすくい取る。ポールとメリルのケンカ腰の会話から立ち現れる夫婦の日常は、配偶者のいる身なら誰にでも覚えがあるようなもの。浮気をした側、された側のそれぞれの事情や心情が垣間見えてくるのも切ない。互いへの信頼を取り戻しかけた夫妻が、満天の星の下で結婚式の誓いを思い返すシーンは本作の白眉。シェークスピアを引用したメリルの誓いも、ジョーク満載のポールの誓いも共に素晴らしい一文で、観る者の胸にはジンワリと温かいものが去来する。
実を言うとローレンスはその後にもいくつかストーリー上の「爆弾」を仕掛けているのだが、人と人とのつながりを笑いに包んで肯定する基調は最後まで変わらない。観客全員が頬を緩ませて劇場を出る、本作はそんなタイプの好編だ。
(町田敦夫)