厨房で逢いましょう - 福本次郎

◆料理だけを愛し、あらゆるものを犠牲にしてきたシェフ。醜いまでに太った容姿の上、自分の気持ちを言葉や表情で表現することができず、女性には無縁。そんなもてない中年男の恋愛に対する臆病な距離感が非常に繊細に描かれる。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 調理する前の素材に語りかけ、慈しむように火にかける。心から料理だけを愛し、あらゆるものを犠牲にしてきたシェフ。鮮やかなコントラストで白い皿の上に浮かび上がる料理の数々は、視覚へのこだわりを感じさせ、目で味わう幸せを感じさせてくれるだけでなく、舌をとろけさせ、官能に導く。しかし料理人としての才能とは裏腹に、醜いまでに太った容姿の上に、自分の気持ちを言葉や表情で表現することができず、女性には無縁。そんな男が初めて体験する恋の喜びと苦悩がリアルで、もてない中年男の恋愛に対する臆病な距離感が非常に繊細に描かれる。

 レストランの名シェフ・グレゴアは、毎日通う公園のカフェの給仕・エデンと知り合う。ある日、エデンの娘に贈ったケーキをエデンが食べ、その楽園のような味わいにエデンは魅了される。それから毎週火曜日にエデンはグレゴアの元に通い、彼の料理を食べ続ける。

 料理の添えられたソースの最後の一滴まで指でなぞり、皿をなめてしまうほど客をとりこにしてしまうグレゴアの腕前。グレゴアがエデンに料理を供するのは彼女に好意を抱いているからなのに、エデンは彼の気持ちを弄ぶかのように気づかないフリをする。それどころか彼の料理に性欲を刺激され夫とのセックスに励む始末。報われない恋と知りながら、夢を見続けていたい。それでもいつか料理でエデンを自分のものにして見せようという決意。グレゴアはそういった感情をほとんど表情に出さず黙々と包丁を握り、フライパンを振り続ける。

 結局、家庭生活に疲れたエデンが他人の生活をかき回しただけだ。愚かな夫まで巻き込み、夫がグレゴアを破産に追い込んだ末、さらに夫が死ぬ原因まで作る。それでもグレゴアは自分の変化をむしろ楽しんでいるようなところが救いだった。エデンという楽園を意味する名前と、木から落ちることでリンゴを象徴するグレゴア。最後にはやっと2人は再会することで、グレゴアの人生にもやっと光が差したようだった。

福本次郎

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