倫敦から来た男 - 福本次郎

◆ワンカットの中に、遠景からクローズアップまであらゆるテクニックを駆使するが、あまりにも緩慢な時間の流れは見る者の忍耐を試されているようだ。それが逆に緊張感を醸し出し、俳優たちの凝縮された息遣いが聞こえるようだ。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 港に接岸した貨客船から降りた乗客が、隣接された駅に向かい、列車に運ばれていく。ガラス張りの監視塔から男が目にする世界はそれがすべてだったのに、ある日思わぬ大金を手にしてしまう。殺人事件のおまけつきで。平凡な人生が突然変ったときに経験する焦りと、秘密がばれてしまうのではないかという恐れ、さらには自分一人で抱えきれなくなった問題を解決する術を持たない苛立ちが、モノクロームの陰影に焼きつけられる。

 港から出る鉄道のポイント交換手マロワンは、ある夜殺人現場を目撃し、被害者が持っていたトランクを手に入れる。その後、何事もなかったかのように過ごそうとするが、付きまとう男の影が徐々にマロワンの心を蝕んでゆく。

 普通の監督ならば20秒くらいに収めてしまうワンカットを、この監督は延々と2~3分(かそれ以上)もかける。カメラを自在に移動させ風景の遠景から人物のクローズアップまであらゆるテクニックを駆使するが、あまりにも緩慢な時間の流れは見る者の忍耐を試されているようだ。ヒッチコックならばワンシーン・ワンカットの中で観客を驚かせようかとさまざまなアイデアを絞るのに、この作品は対極を行くような変化のなさ。それが逆に奇妙な緊張感を醸し出し、演じている俳優たちの息遣いが凝縮された濃密な空気がにじみ出る。

 意味もなく切り替えレバーを何度も引いたり、娘の勤務先の女店主の怒りが肉切り包丁のリズムにシンクロしたり、カフェで奏でられるアコーディオンの旋律に乗って珍奇なダンスが披露される。そこには暗喩と寓意が混在し、強烈な光と影のコントラストが寡黙なマロワンの代わりとなって饒舌に感情を表現する。その大きく余白を取った散文的な映像は、時に刺激的ですらある。しかし、30分もあれば語りつくせる内容を2時間20分近い長尺にされても、見ているほうは疲れる。

福本次郎

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