◆ケンカばかりしていても深く愛し合っている夫婦の、本当は相手の心を分かっているけれど素直に感謝を口にできない照れくささが妙味を見せる。一見古いホームドラマのようで、重い喪失感と後悔を含蓄に富む物語にまとめている。(70点)
かいがいしく夫の世話を焼く妻、妻を鬱陶しく思いつつも甘えてしまう夫。ケンカばかりしていても深く愛し合っている夫婦の、本当は相手の心を分かっているけれど素直に感謝を口にできない照れくささが妙味を見せる。そして、妻の家出が夫にもたらす解放感と無気力。長年連れ添った夫婦だけがたどり着くなれ合いという名の愛情を、ほとんど室内の限定された空間の中で、ふたりのベテラン俳優が芝居のせりふのような間の掛け合いを見せる。一見古いホームドラマのようで、重い喪失感と後悔を含蓄に富む物語にまとめている。
写真家の俊介はカメラを手に取ることができなくなり、貯金を食いつぶす日々。俊介に嫌気がさした妻のさくらはついに離婚を切り出す。落ち込んでいるようでウキウキしているようでもある俊介のもとに、女優の蘭子、弟子の誠、おかまの文ちゃんらがやってきては、何とか立ち直らせようとする。
ぐうたらな俊介の身の回りを心配しても、旅行にでるといっては忘れ物を取りに帰ってきたり、箱根に行くはずが沖縄にいたりと、さくらは俊介を縛っているようで、自分は自由に振舞っていて、彼女の言動はどこか不自然。一方の俊介はさくらに振り回されながらも蘭子やブティックの女主人に粉をかけている。大胆に陽光を採り入れた明るいリビングルームで繰り広げられるふたりのやりとりは軽いタッチのコメディだが、端々に違和感を覚えるうちに、いつしか脚本家の術中にはまってしまう。
クリスマスの夜、さくらの不在をめぐって俊介と文ちゃんがついに胸の内をさらす。いつまでも現実を受け入れられずに悲しみに浸り弱さをさらけ出す俊介と、実は俊介以上に辛さを抱えているのに気丈に振る舞いやせ我慢する文ちゃん。ふたりともお互いを思いやっているのについつい傷つけてしまう不器用さが、切なくもあり人間らしくもある。「ありがとう」と「愛している」の気持ちは、相手がいる間に言葉にしなければならない、そんなメッセージが伝わる作品だった。
(福本次郎)