人間失格 ディレクターズカット版 - 福本次郎

◆人間としての資質に欠けているのではないかという過度の自信喪失のせいで、いつも心に潜む「お化け」に見つめられるような妄想を抱えている男。彼がもがく姿を描いた太宰治の古典に、クールなタッチのアニメでアプローチする。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 世間の目を恐れ、その恐れを人に悟られないために少年時代は道化を演じ、青年となってからはニヒルを気取ることで精神の均衡を保っている。自分は人間としての資質に欠けているのではないかという過度の自信喪失のせいで、いつも心に潜む「お化け」に見つめられるような妄想を抱きながら生きてきた男が、なんとか周囲と折り合いをつけようともがく姿を描いた太宰治の古典に、クールなタッチのアニメでアプローチする。

 反政府活に身を投じている葉蔵は特高に追われる途中カフェに逃げ込み、マユミという女給に匿ってもらう。すぐに同衾した2人はどちらからともなく心中を持ちかけ、崖から飛び降りるが、葉蔵だけが助かってしまう。

 その後もシングルマザーの雑誌記者と同棲したり、タバコ屋の娘・美子と結婚するが、葉蔵の人生には「現実を生きている」という感覚が伴わない。それでも彼に漂う強烈なまでの不幸のオーラが、どこか心に空白を抱いている女たちには魅力に映るのだろう。葉蔵はここでも、内面の弱さをさらけ出すことができるダメ男を演じることで、「この男は私を必要としている」と女たちに思わせている。本来、自己中心的な葉蔵が、精いっぱい死の影をまとうことで他人との唯一の接点を保っていく、それこそ彼が身に付けた処世術。そのあまりにも切ない孤独を陰影の鮮やかな絵が象徴する。

 美子と結婚し、イラストも順調に売れ、つかの間の幸せを実感していた葉蔵だが、美子が編集者に体を提供して得ていた仕事だと気づき、大量の睡眠薬を飲んで自殺を図る。散々女を食い物にしてきたくせに、美子の精いっぱいの愛を裏切りと感じ、ここでもまた被害者面をする葉蔵。最後になってやっと心の中に巣食うお化けと対峙するのだが、お化けを克服するのではなく受け入れる。それは、恐れていた世間など存在しないことを知り、堕ちるところまで落ちようという決意。人の好意にとことん甘え、自分はほかのやつらとは違うと一線を画す。人間誰もが胸の内に抱える闇をシャープに描き切っていた。

福本次郎

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