◆実話をもとにしたヒューマン・サクセスストーリー(90点)
ニュージーランドの小さな家に暮らすバート・マンロー(アンソニー・ホプキンス)は、ひたすら速く走ることを目的に、40年以上も前に買ったバイク"インディアン"を改造し続けてきた。夢は世界最速を目指すライダーの聖地、アメリカのボンヌビルで行われる記録会に出場し、世界記録をたたき出すこと。
ある日、年金暮しのバートにアメリカ行きのチャンスが訪れる。前立腺や心臓に不安を抱え、お金もないバートは、果たしてボンヌビルにたどり着けるだろうか? そして自慢のマシンは「世界」に通用するのだろうか?
1962年、実在したバート・マンローが初めてボンヌビルの記録会に挑戦した実話をもとにしたヒューマン・サクセスストーリーである。
バートは40年間、ひたすら自宅の小屋でバイクをイジリ続けてきた。オイルキャップにブランデーのコルクを使用したり、エンジンのピストンに「フォード」と「シボレー」のピストンを溶かしてニコイチした自前品を用いたり、みずからナイフでタイヤの溝を削ったり……と、すべての改造はダレかの物まねではなく、みずからの感覚と経験則に基づいている。
スピードメータもない。(通常ブレーキ時に必要な)パラシュートもない。ハンドリングもほとんどきかない(直線番長のため)。そしてエンジンは驚きの600cc。そんなマシンでも速ければ万事OK。それがバートのバイクに対する考え方だ。
記録会会場で"前代未聞のポンコツ"と揶揄されたこのバイクで、バートンは――驚くべき走りを見せる! 手にあせ握る疾走感! 「世界映画迫力疾走シーン大賞」へのノミネート入り間違いなし、どころか、グランプリの最有力候補に挙げられるであろう圧巻シーンだ。
この記録会でバートが得た勲章は、近道をすることも、ズルをすることも、常識にとらわれることも、固定観念に縛られることも、自分を見失うこともなかった、バートという人間に対する勲章ともいえよう。そこに込められたこの映画のメッセージは小さくない。
この映画は一方で、そんなバートの人間的な魅力をたっぷりと描いている。とくに、ニュージーランドの自宅を出発してからボンヌビルにたどりつくまでの旅路で見せる彼の素顔――単なる偏屈極まりないバイク馬鹿とは少し異なる、愛すべきキャラクター――が実にほほえましい。
道中、バートはさまざまな人と出会い、交流を深めていく。たった一人でアメリカに乗り込んだにもかかわらず、バートの周りには自然と人が集まるのだ。彼に差し伸べられる手の数のなんと多いことよ。
それは、バートが老人だからでも、見知らぬ地で右往左往していたからでもなく、彼の頑固さや骨っぽさの裏側にある温厚かつ誠実な人柄を、人々がテレパシーのように受け取るからなのだろう。このじいさん、気持ちは尖っているが、それは決して他人を傷つけるためのものではないのだ。
ボンヌビルにたどりつくまでの、バートのほのぼのとした良心的な日常を克明に描くことにより、この映画は、スピード狂のサクセスストーリーという枠を大きく飛び越え、ロードムービーとしても深みのあるものになっている。
夢に向かって歩く人生の醍醐味と、自分に正直に生きることの素晴らしさに気づかさせてくれる本作「世界最速のインディアン」。人生の折り返し地点をすぎた方にもぜひご鑑賞いただきたい1本だ。
(山口拓朗)