世界にひとつのプレイブック - 樺沢 紫苑

心の病から人はいかに回復するのか(点数 90点)


(C)2012 SLPTWC Films, LLC. All Rights Reserved.

とても素晴らしい映画です。

感動的でありながら「躁うつ病からの回復ストーリー」という、
深刻になりがちな話を、軽妙なタッチで、随所に笑いも交え、
最後までハラハラドキドキ楽しめる
エンターテイメントに仕上げています。

病気の克服。父と子の和解。夫婦のすれ違い。家族の結束。友人の支え。
怒りと暴力衝動。薬の服用と副作用。熱中することの大切さ。
支え、支えられる関係。

様々なテーマが盛り込まれており、非常に重厚感のあるテーマを扱いながら、
見終わった後の爽やかさ、爽快感は、さすがにアカデミー賞ノミネート作品
だと思います。

主演の『ハングオーバー!』のブラッドリー・クーパーは、
躁うつ病患者のギラギラとしながらもの焦点の合わないうつろな目を
リアルに表現し、『ハンガー・ゲーム』で一躍有名になった
ジェニファー・ローレンスは、本作でアカデミー主演女優賞を受賞
しましたが、彼女の演技も見応えがあります。

演技の以前に、目の輝きというか、存在感がすごいな、と。
芯の強さが目に現れているような、
綾瀬はるかに通じる「眼力(めぢから)の強さ」は、とても魅力的です。

この映画、たいへん残念なのが、ストーリーを全く想像できない
見当違いの「邦題」と、映画の期待感を誘わない意味不明な
「あらすじ」紹介です。

オフィシャルサイトには、
「妻の浮気が原因で心のバランスを崩したバットは、家も仕事も妻も
全て失くしてしまう。・・・」
と書いれていて、映画サイトや雑誌などの「あらすじ」も、
これをもとに書かれています。

一言で言えば「躁うつ病からの回復過程」の映画なのに、
映画会社としては、それではヒットしないと考えたのか、
「恋愛映画」として売りたいものだから、
彼の「心の病からの回復」という部分を
あいまいにして宣伝しているわけです。

もちろん、恋愛の部分も楽しめるわけですが、
その恋愛というのは、
ジェニファー・ローレンス演じるティファニーも
精神科の治療歴があり、言い換えるなら
お互いに心に傷を持った者同士が「支えあい」
病気を克服し、立ち上がっていく・・・という。

そういう、この映画の「最もおもしろい部分」が、
「あらすじ」や「タイトル」からは、全く全く伝わらないのです。

私は、「心の病」を抱えている人がこの映画を見ると
たいへん勇気づけられるし、
回復のイメージをリアルに持つことができるので
強くお勧めしますが、
このタイトルとあらすじから、
そうした人たちが「見たい」と思わせる工夫が全くないのです。

そういう意味で、映画自体は素晴らしいのに、
実際、アカデミー主演女優賞受賞作でありながら
作品はあまりヒットしていなくて、
たくんさんの人に見られていないという
残念な結果に終わっています。

是非、精神医学にも関心の強い「映画の精神医学」の読者のみなさんには、
興味深く、そして楽しく見られる作品だと思いますので、
ご覧いただきたいと思います。

追伸

 『世界にひとつのプレイブック』の原題は”Silver Linings Playbook.”
直訳すると「銀色に輝く裏地のプレイブック」となって、
全く意味不明です。

“silver lining”というのは、地上から見た灰色の雲の後ろ側で、
銀色に輝く裏地のこと。転じて、悪い側面の裏側には、良い側面がある。
「希望の兆し」という比喩的な意味を持つ表現です。

アメリカでは、
“Don’t be so downcast.
Every cloud has a silver lining.”
「そんな落ちこむなよ。悪いことの反面には必ず良いことがあるさ」
のように、人を励ましたり、勇気づけたりするときによく使われる表現です。

そして、「プレイブック」とは、アメリカンフットボールの用語で
フォーメーションを収録してある戦略書のこと。

ロバート・デ・ニーロ演じる、主人公の父親が、
アメフトの熱狂的なファンで、そういう描写ともからめて
アメフト用語がタイトルになっているわけです。

まとめると、「希望の戦略」あるいは「災いを福に変える方法」
といった意味になるわけで、
“心の病をわずらってもそこには「希望」がある”
という映画のテーマを見事に表現した原題であるわけですが、
『世界にひとつのプレイブック』という、
全く意味不明なタイトルがついてしまったのは、
とても残念です。

樺沢 紫苑

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