◆幻の作品といわれていたW.W.ヤング監督による映画化作品。ジョン・テニエルの挿絵の世界を着ぐるみで再現し、不思議な幻想世界を作り上げている(80点)
この映画は劇場未公開映画です。評価の基準は未公開映画に対してのものとなります。
W.W.ヤング監督による52分の中編だ。原作者ルイス・キャロルが1865年に最初に出版社から出したとき、挿絵を描いた風刺画家ジョン・テニエルの世界を、ほぼ忠実に再現したことで知られている。だが、1915年の米国公開後、フィルムが紛失し、日本では未公開のままだった。そのため、幻の作品と呼ばれていたという。昨年、WHDジャパンから出たDVD「不思議の国のアリス1903-1915」に収録されたのは、ファンにとっては嬉しい驚きだっただろう。100年近く昔の作品で、モノクロ、サイレントであり、点数を付けるのは非常に難しいが、やはり「映画ジャッジ」の趣旨に則り、あえて点を付けた。
ティム・バートンの最新作「アリス・イン・ワンダーランド」も含め、「アリス」関連の作品は数多くあるが、我々がルイス・キャロルの原作からイメージする世界を最もよく表現している作品ではないだろうか。キャラクターたちは、すべて着ぐるみや被り物で表現されている。洋服を着たウサギ、フクロウ、ネズミ、ドードー鳥。議論する芋虫、魚やカエルの召使い、消えたり現れたりするチェシャ猫。これら架空の動物たちはもちろんだが、普通の人間と思われる侯爵夫人や料理番でさえ、人間にメークをするのでなく、「顔」のマスクを被って登場する。他の動物たちと同様、幻想世界のキャラクターになっていて、実に不気味なのがいい。
アリス役はヴィオラ・サヴォイ。少女というより、大人の女性に見える。アリスは森や庭園、池、海岸などを歩いて旅をし、様々な動物たちと出会う。その風景は、何故か奇妙に寂しい。海岸でニセウミガメがアリスに自分の過去を話す場面や、ロブスターが海岸をうろつく場面が印象的だ。海をバックにロブスターのシルエットがモノクロ画面に黒く映る。夢の中に、一人取り残されたような何とも不安な雰囲気を感じる。
アリスが大きくなったり、小さくなったりという、お馴染みの設定はない。また、「アリス・イン・ワンダーランド」で展開されたお茶会の場面も描かれない。その点は、ファンには不満かも知れないが、モノクロ画面にうごめく着ぐるみの奇妙な生き物たちの世界は、今でも十分に魅力的だ。
「アリス」の映像化作品については最近、SF、ファンタジーの専門家であるメディアライターの浅尾典彦さんが「アリス・イン・クラシックス」(青心社)を出版した。1903年版と1915年版の2本の「不思議の国のアリス」の写真を場面ごとに掲載し、シナリオを付けて実に詳しく解説している。他の「アリス」映像化作品も紹介されていて、未見の中では、「フレッシュ・ゴードン」製作者によるエロティック・ミュージカル「エッチの国のアリス」(1973)など、是非見てみたいものだ。DVD「不思議の国のアリス1903―1915」(WHDジャパン、フォワード)を鑑賞した上で読むと、とても興味深い。
(小梶勝男)