ヴィクトリア女王 世紀の愛 - 町田敦夫

◆若き女王の愛と葛藤を活写(70点)

 ケイト・ブランシェットがエリザベス1世を演じると聞いても、多くの映画ファンは特に驚かなかったと思うが、エミリー・ブラントがヴィクトリア女王を演じるというニュースには、多くのファンが首をひねったのではないか。ヴィクトリア女王といえば、イギリスを「太陽の沈まぬ国」に発展させた同国きっての名君である。対するエミリー・ブラントは、『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープに奴隷扱いされていたアシスタントだ。あるいは『サンシャイン・クリーニング』で人生を投げていたフリーターだ。とても偉大な女王を演じる器とは思えなかったのだが……。

 あにはからんや、このビックリ顔の若い女優が、意外に役柄にハマっている。偉大な女王とて、十代で即位する前は、周囲の思惑に翻弄される世間知らずの小娘だった。ブラントはそんなヴィクトリアの、我が身さえ思い通りにできないもどかしさや、“ゲームの駒”であるがゆえの孤独を巧みに表現してみせる。即位して初めて自由を得たヴィクトリアが、恐れと気負いを抱えながらも、自分と国家の運命を手探りで切りひらいていこうとする姿も印象的だ。

 若きヴィクトリアを親身に支えたのが、ベルギー王の甥だったアルバート(ルパート・フレンド)だ。最初は政略と打算で引き合わされた2人だったが、次第に真実の愛を育むようになる。女王という特殊な立場に立つ者が、回り道をしながらも大きな幸福をつかむ過程が興味深い。

 リアリティを追求した作り手たちは、イギリス各地の城や宮殿でロケを行い、衣装や美術にも考証を重ねた。スワロフスキー社から貸し出された宝石類や調度品は見事なもの。付け焼き刃のイギリス訛りで話すハリウッドスターを起用することなく、主要キャストをイギリス人で固めた点も評価できる。豪華な宮殿にハエが飛んでいるシーンも見られたが、あれもリアリティ追求の一環なのだろう。ジャン=マルク・ヴァレ監督、こだわりますねえ。

 ちなみに本作のプロデューサー兼発案者はセーラ・ファーガソンだ。若い方はご存知ないかもしれないが、この人、アンドリュー王子(チャールズ皇太子の弟)の元奥さん。結婚式を挙げた当時はダイアナ妃に勝るとも劣らない“時の人”だった。非業の死を遂げたダイアナ妃とは違い、ファーガソンは離婚後もメディアの世界で地道に成功している様子。本作ではアンドリュー王子との間にできた愛娘(王位継承権を持つれっきとしたプリンセス)を端役で出演させている。

 ヴィクトリアは64年近くの在位を経て82歳で亡くなったが、映画はその前半生だけを描いて終わっている。女王夫妻の愛を描くのが主題だから、アルバートの死後の長い未亡人生活は省きました、ということなのだろう。表向きは。だが、仮に後半生を描いたとしても、あまりドラマはなかったように思う。この時代のイギリスは順風満帆で、革命や大きな戦争とは無縁だった。確かに政争はあっただろうが、エリザベス1世の頃のように首がポンポン飛ぶ時代ではもはやない。『ブーリン家の姉妹』や『エリザベス』に比べて本作がいささか地味な印象を与えるのは、作り手の腕や姿勢の違いというより、その間のヒューマニズムの進歩を反映してのことかもしれない。

町田敦夫

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