トム・クルーズがヒトラー暗殺計画にたずさわった実在のドイツ人将校を演じる(45点)
好青年の役やクールなアクションヒーローのイメージのあるトム・クルーズ。しかし、今年の彼はどこか違う。『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』で太ったハゲ頭のハイパーなおやじを演じ、人々を驚愕させた。彼はその役でゴールデン・グローブ賞にもノミネートされ勢いづいているのだが、そんな中彼の新しい主演映画が公開される。その名は『ワルキューレ(原題:VALKYRIE)』。トム・クルーズはこの映画でヒトラー暗殺の計画を指揮したドイツ軍将校を演じる。
第二次世界大戦時、ドイツ将校クラウス・フォン・シュタウフェンベルクはアフリカで負傷する。左目、右手の指、左手の薬指と小指を失ったシュタウフェンベルクはドイツに戻り、ワルキューレ作戦を任される。アドルフ・ヒトラーを暗殺するためのこの計画は1度発令されると後戻りは出来ない。シュタウフェンベルクをはじめ、ワルキューレ作戦の任務に執く男達はドイツを、そして世界に平穏を取り戻すために危険を承知の上でヒトラーの息の根を絶とうと試みるが…。
まず本作は実話が基になっているのだが、歴史を物語る作品とは言い難い。映画監督ブライアン・シンガーは幼なじみで今までに数本の映画でコラボレートしている脚本家クリストファー・マッカリーと再び組み『ワルキューレ』を手掛けたが、『ゴールデンボーイ』ではナチスについて触れているものの、本作は『X-メン』や『スーパーマン リターンズ』の様にただ大作映画という印象のみ受けてしまう。
本作において脇役が豪華な事に特に注目したい。シュタウフェンベルクの前にヒトラーを暗殺しようとする少将ヘニング・フォン・トレスコウにケネス・ブラナー、ルードヴィッヒ・ベック将軍にテレンス・スタンプ、フリードリヒ・フロム将軍にトム・ウィルキンソン等が扮している。私が個人的に好きな俳優ビル・ナイもフリードリヒ・オルブリヒト将軍役で出演しているのだが、これは全く彼の良さが引き出せていない役であった。もっとクセのある役を見たかった。また、元々本作で主人公シュタウフェンベルクを演じる予定であったトーマス・クレッチマンも出演シーンこそ多くはないが、この映画に参加している。
主演のトム・クルーズは黒い眼帯を付け、ドイツ軍の軍服に身を包んでいるいる以外は、よく見るトム・クルーズが演じる役と変わらない。ドイツ人を演じていてもやはりアメリカンなのだ。シュタウフェンベルクの妻ニーナを演じるのはポール・ヴァーホーヴェンの『ブラックブック』で主演したカリス・ファン・ハウテン。『ブラックブック』で素晴らしい演技を披露した彼女なだけに期待を抱くが、わざわざ彼女でなくとも良かったと感じる役なのが非常に残念である。
「ワルキューレ」と聞くと、『地獄の黙示録』でお馴染みのワーグナーのあの曲を思い浮かべるだろう。本作でもその「ワルキューレの騎行」は使用されており、この映画がスリルに満ちた物語になるのではないかと思わせてくれる。しかしながら、この映画は全部が嘘っぽく見えてしまっており、そのせいで物語に入り込む事が難しい。将校達が身につけている服やブーツ、スタジオセットまで華やかな感じがリアルさを提供しておらず、大袈裟かもしれないが『X-メン』のキャラクターをこの映画に登場させてもそこまで違和感が湧かなかっただろう。
『ワルキューレ』では暗殺の標的であるアドルフ・ヒトラーは登場するものの、彼がどんな事をしたかは描かれず、シュタウフェンベルクをはじめとする「ワルキューレ作戦」に携わった者達の苦悩が物語の中心となる。ヒトラーの暗殺計画は「ワルキューレ作戦」の前に40回も失敗している。それにも関わらず、この計画がどこかシンプルで簡単そうに見えてしまうのは、真実であるにも関わらず、見た目に重点を置いたゴージャスな映画だからだろう。
(岡本太陽)