レッド・ライト - 青森 学

超能力信仰を描くことでアメリカ文化の病巣を斬っているバックストーリーにも注目(点数 75点)


(C)2011 VERSUS PRODUCCIONES CINEMATOGRAFICAS S.L. (NOSTROMO PICTURES) / VS ENTERTAINMENT LLC

オチはなんとなく分かったものの、伏線が不可解。
私程度の理解力では監督の仕掛けるトリックに太刀打ち出来なかった。
超能力者とそのトリックを暴こうとする科学者との対決をスリリングに描くが伏線が意味深長で、さらに言えば理解出来ないのが惜しい。ただ、オチはそれとなく判るように描かれているので、まったくのお手上げにはならないのが救いだった。

以上のことから幾分かフラストレーションの溜まる映画ではあったが、アカデミー賞を獲得した豪華二大俳優の活躍が堪能出来る点でこの作品の評価がだいたい定まり、この作品の主成分はそれで構成されているようなものだった。
ロバート・デニーロの怪演が良かった。

超常現象を頭から否定する科学者を演じるシガニー・ウィーバーの演技も光っていた。
デニーロが演じる伝説のカリスマ超能力者の存在感は作品中群を抜いて際立っており、観衆を眩惑するパフォーマンスはさながら西部開拓時代の宣教師を彷彿とさせる。

やはりロバート・デニーロのカリスマ性には目を見張るものがある。
主役を演じるキリアン・マーフィーが強豪の2俳優に挟まれて少し影が薄く見えたような気がした。
西部開拓時代、メソジスト派の宣教師が西部を巡回して説教の際にオプションで悪魔払いもしていたように、現代のアメリカの超能力者はその遺伝子を受けて継いでいると思う。
だから多くの不治の病を患った者が奇蹟を求めて彼等の講演を待ち望む。
まだ宗教と科学が袂を分かつ以前の時代、病が霊障とされていた時代の懸念が現在でも超能力者という現代の祈祷師に救いを求めるかたちとなって顕われる描写は興味深かった。
この映画の一側面にはそういった未知なる力の存在証明をいったん留保しつつも、安易に彼等のカモにはならないよう警告している。

アメリカ人にはこういった開拓時代に巡回牧師が布教した宗教観が心に深く刻印されているようで、日本人以上に超能力者の存在に親近感を持つようだ。カソリックでは奇蹟を行ってそれが教会で認められると聖人として登録される。
奇蹟と超能力は外形的に似ているがゆえに多くのアメリカ人に受け入れられる。
アメリカはプロテスタントの国であってもキリスト教徒には奇蹟に対する抵抗感が思った以上に少ないようだ。
これはアメリカ人が持つ文化的風土病といっても良いだろうか。
日本人にはこの映画を観れば超能力の胡散臭さがストレートに伝わってくるのだろうけれど、アメリカ人にしてみれば相当複雑な心境で観ることになるのだろう。
この日本人とアメリカ人の”スーパーナチュラル”についての感覚の温度差が上手く日本人に伝わればこの映画の衝撃度が理解できるのかも知れない。

青森 学

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