レスラー - 前田有一

プロレス版ロッキー(75点)

レスラー

© Niko Tavernise for all Wrestler photo

 世界中で54もの映画賞をかき集めたこの話題作は、しかし当初はわずか4館スタート(米国)の小品であった。なぜそんなことになったかといえば、監督のダーレン・アロノフスキーがわがままを言ったからである。

 どんなワガママだったかというと、「絶対に主演はミッキー・ロークでいく」という一点。スタジオ側は、とっくに過去の人となったそんな役者より、客を呼べるであろうニコラス・ケイジを起用したかったが、監督がまるで折れる気配が無いので、結局予算を大幅に削った。結果、本作はわずか数億円という、相当な低予算で作られることになった。これが、小規模公開の理由だろう。

 ……が、そのワガママがミッキー・ロークの胸を打った。アロノフスキー監督のような才気ある若い監督に、そこまで買ってもらって燃えない男はいない。結果、誰が見ても、彼の役者人生最高の役作り&鬼気迫る演技により、「レスラー」は数少ないプロレス映画の中でも、屈指の傑作に仕上がった。これが、54の映画賞受賞の理由である。

 かつてのトップレスラー・ランディ(ミッキー・ローク)は、今ではすっかり落ちぶれ、バイトで生計を立てながら週末のリングに上がる日々。だが最近では、その活躍の場も徐々に狭まり、最盛期には考えられなかったキワモノ団体のリングにまで上がらざるを得ない。最愛の娘(エヴァン・レイチェル・ウッド)とも離れ、ひそかに思いを寄せるストリッパー(マリサ・トメイ)とも中々上手くいかない。そんな孤独な日々に止めを刺すように、長年のアナボリック・ステロイド服用のツケが彼の内臓を襲う。

 シャワールームでのステロイド談義をはじめ、俗に言うケーフェイ(プロレス界ではタブーとされる、試合の流れの打ち合わせの存在といった、舞台裏の諸々のこと)が連発される。チャンピオンの朝食ことダイアナボルやアナドロールといった経口ステロイドのやり取りをはじめ、妙にマニアックな会話をニコニコ楽しんでいるあたりが笑える。プロレスはショーという認識が常識となっている、アメリカだからこそ、ここまで描けたのか。

 このほか、ロッカールームでの会話の多くは台本なしで撮影したそうだが、これらは大きな見所である。プロレスラーは、たとえトップレスラーであろうと怪我ひとつでいつ主人公と同じ境遇に落ちるかわからぬ商売。そもそも、その地位も自らの実力だけで得られるものではなく、脇役レスラーたちの尽力あってこそ、である。だから彼らは、お互いを常にいたわり、尊敬とねぎらいの言葉を忘れない。傷ついた人間、苦しみを知る者同士だからこその優しさ。心にしみる、感動的な光景であった。

 主演のミッキーロークは、出演した数々の現役プロレスラーたちとまったく遜色ないバルキーな肉体を作り上げ、短期間の修練では困難なプロレスの大技の数々を身につけた。56歳という年齢を考えたら、ほとんど奇跡に近い偉業であろう。これを見たら、二度と92年のボクシング試合を馬鹿にする事はできまい。

前田有一

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