ルーツ・タイム - 福本次郎

◆エチオピア皇帝の崇拝とアフリカ回帰、そして西洋医学よりも呪術と薬草が効くと信じる自然信仰。これらがジャマイカの人々にとって心の源流となる思想であることを描きたかったのは理解できるが、映画的な見せる工夫に乏しい。(30点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 んちゃ、んちゃ、んちゃ、んちゃ・・・というレゲエのリズムに乗って赤・黄・緑にペイントされたおんぼろカーが走る。車の中では伸び放題の髪とひげの典型的なラスタファリアンがふたり。ダラダラとした内容のない会話と変化に乏しい映像、そして繰り返される単調な音楽に、やがて退屈は頂点に達する。劇中、盛んに流れるエチオピア皇帝の崇拝とアフリカ回帰のプロパガンダ、そして西洋医学よりも呪術と薬草が効くと信じる自然信仰。これらがジャマイカの人々にとって心の源流となる思想であることを描きたかったのは理解できるが、もう少し映画的な工夫はできないものだろうか。

 古い車で移動レコード店を営むブルとバブーは、道中ラスタのラジオパーソナリティ・ファーマーと出会う。彼は女友達を病院に運んでくれと頼むが、ブルとバブーはボンゴ・ヒューという民間療法師の下へ連れて行く。

 住民のほとんどが西アフリカからつれてこられた奴隷の子孫であるジャマイカにおいて、どうしてアフリカ東部のエチオピアが憧れの対象になるのだろう。確かにブラックアフリカとしては最古の独立国でソロモンとシバの女王の子孫なのだろう。しかし、ジャマイカ人とは血縁関係はないはず。ラスタファリアンは黒人の自由と独立の象徴として崇めているが、彼らの主張はいかにもツッコミどころ満載だ。

 この映画はいわゆる「珍道中」ものなのだろう。道をふさぐロバと会話したり、ブタと鶏を抱えた男が登場したりと、笑わせる要素は登場する。ところがせっかくの素材を料理せずそのまま映像として差し出すために、笑いにまで昇華できていない。そして呪術師のところを訪れても、特別な儀式をするわけでもなく雷鳴だけで終わらせてしまう。結局、故郷であるアフリカに帰ろうと口では言いながら、その気はまったくないジャマイカ人の胡散臭くも憎めない国民性だけはよく伝わってきたが。。。

福本次郎

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