◆いろいろあった末に「こんにちは」と挨拶を交わす2人の表情が最高だ(65点)
道化師が本業のアベルとゴードン、ロミーの長編第2作は、不幸の連打にもメゲず、愛に生きる夫婦の物語だ。ダンス好きの教師夫妻、ドムとフィオナは幸せなカップル。ダンス大会で優勝した帰り道、自殺願望のある男のせいで車が事故を起こしてしまい、フィオナは片足を失いドムは記憶を失くす。その後、職場をクビになり、家は全焼。パンを買いに行ったドムは暴漢に襲われるが見知らぬ男に助けられ、ドーナツ屋を手伝うことに。一方、フィオナはドムが死んだと勘違いしてしまう。はたして2人は再び巡り会い、愛を取り戻すことができるのか…。
前作「アイスバーグ」同様にセリフはほとんどないサイレント・タッチの作風だが、悲劇と喜劇が渾然一体になって主人公たちを襲い、さんざんなメに遭うにもかかわらず、どこかほのぼのとしている。命懸けの物語の隠し味は、ラテンダンスのルンバ。ドムとフィオナが踊るルンバと共に、2人の転落人生に途中から重要な役で加わる犬の名前もまたルンバである。まるで子供のような純真さが社会性欠如に至り、すぐそこにいるのに気付かず、まったく学習性がない。時に観客をイラつかせるドムとフィオナの言動だが、長回しで撮られた身体を張ったギャグを見ているうちに、不幸さえ芸の一部に思えてくるから不思議である。そんなとき、彼らへの罪滅ぼしのように、作り手からちょっとヒネッた偶然の出会いというプレゼントが用意される。いろいろあった末に「こんにちは」と挨拶を交わす2人の表情が最高だ。完全に様式化された笑いとリアリティ無視の不条理、鍛え抜かれた身体で見せる動きの数々が、シュールなパワーとなって、主人公たちをハッピーエンドに導いていく。貧乏臭いルックスの登場人物と曇天の地味な風景の中、衣装だけが異様にカラフルなのは「アイスバーグ」と共通したビジュアルだ。分かりやすく安直な映画が氾濫する世の中にあって、この“道化師映画”は、完全に異化効果の役割を果たしてくれる。確固とした個性を持つ作品に、惜しみない拍手を贈りたい。
(渡まち子)