リミッツ・オブ・コントロール - 町田敦夫

◆イメージの連鎖を散りばめたジャームッシュの“遊び”が楽しい(70点)

 殺しの依頼を受けた(ように思われる)殺し屋(らしき男)が、スペインに渡り、連絡者からの情報を待つ。極言すれば『リミッツ・オブ・コントロール』の4分の3はそれだけで過ぎてしまうのだが、どっこい本作は退屈とは無縁。なぜならこの作品の魅力は、ジム・ジャームッシュ監督が積み重ねるユニークなディテールにこそあるからだ。

 主人公の「孤独な男」(イザック・ド・バンコレ)はカフェに行くたび2杯のエスプレッソを注文する。ダブルエスプレッソを1杯ではなく、レギュラーサイズのエスプレッソを2杯。どうやらそれが連絡者に対する目印になっているらしい。「イチローはなぜ同じ毎日を繰り返しているのに未来を作れるのか」というコピーが某通信会社のCMに使われているが、「孤独な男」もまた、毎朝の太極拳に始まり、銃や携帯電話は使わない、仕事中のセックスはしない、夜は横になるだけで寝ないといった厳格なルールを自らに課している。

 彼の前にはいわくありげな連絡者が次々と現れ、申し合わせたようにサングラスを外しては、「スペイン語は話せるか?」と切り出す。そしてある者は弦楽器について、またある者は古い映画について、さらに別の者は分子科学について、本筋と関係あるのかないのか判然としないうんちくを傾ける。「ブロンド」(ティルダ・スウィントン)、「メキシコ人」(ガエル・ガルシア・ベルナル)、「分子」(工藤夕貴)、「ギター」(ジョン・ハート)といったコードネームしか持たない連絡者たちのどこかオフビートなたたずまいは、無口でストイックな「孤独な男」とは好対照だ。

「孤独な男」がマドリードのレイナ・ソフィア美術館(ピカソの「ゲルニカ」を収蔵することで有名)で1枚の絵を見るたびに、その絵にちなんだ連絡者が登場する“遊び”も面白い。バイオリンの絵を見た日にはバイオリンケースを抱えた男が現れ、ヌードの絵を見た日には裸の女が現れるといった具合。この種のイメージの連鎖は、視覚だけではなくセリフの中にも随所に取りこまれている。「想像力を使え」「宇宙には中心も端もない」「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ」といった意味があるのかないのか判然としないメッセージを繰り返し複数の登場人物の口から語らせ、ジャームッシュは観る者を巧みに煙に巻くのである。

 全編で狂言回しの役割を果たしているのが、同柄で色違いのマッチ箱だ。「孤独な男」は連絡者と接触するたびにそれを交換し、中の暗号文に従って次の連絡者へ、次の町へ、そして標的へと近づいていく。マドリードからセビリアを経て、「孤独な男」が最後にたどり着くのは、厳重に警備された荒野のとりで。驚くべき奇策でその警備を突破する彼を(あるいはジャームッシュを)見て、あなたは唖然とするだろうか、感嘆するだろうか、それとも「それはないだろう!」と怒りだすだろうか。

町田敦夫

【おすすめサイト】