過激な性描写が話題のアン・リー監督最新作(65点)
アン・リー。世界的に有名な台湾出身の映画監督である。アメリカで映画制作を学んだ彼は、1995年公開の『いつか晴れた日に』から本格的にハリウッドに進出した。また彼の制作する映画は数々の賞に輝いている。主なところで『ウエディング・バンケット』と『いつか晴れた日に』ではベルリン映画祭金熊賞受賞、『ブロークバック・マウンテン』と最新作『ラスト、コーション』ではベネチア国際映画祭金獅子賞受賞、それから『グリーン・デスティニー』でアカデミー外国語映画賞を受賞している。また彼は『ブロークバック・マウンテン』で78回アカデミー賞の監督賞にも輝いている。わたしは彼の『アイス・ストーム』という作品が非常に好きで、アン・リーの作品は観るようにしている。そこで、今年のベネチア国際映画祭でグランプリを受賞した『ラスト、コーション(原題:色、戒)(英題:LUST, CAUTION )』を観に行ってきた。
舞台は日中戦争、第2次世界大戦中の中国は上海と香港。当時の中国は日本によって占領されていた。ごく普通の大学生だった女は、若い革命家達によって教育を施され、暗殺者として日本政府に加担する傀儡政権の元で働く男に近づく。激動の時代を背景に、男と女が駆け引きをしながら運命に翻弄されていくストーリー。
主役の女暗殺者には無名のタン・ウェイが起用された。一気にビッグ・ムービーへの出演を決めた彼女はまさにシンデレラである。日本で言えば、昨年の菊池凛子的存在。彼女の演技の善し悪しは分からないが、堂々と全裸を披露し、大物になる予感を伺わせる。そして彼女に狙われる男をトニーレオンが演じる。彼は結構男前の役が多いが、この映画の中では顔が非常に怖い。髪の毛を抜いたり、頬を痩けさせたりして、老けて見える様に役作りをしたそうだ。なかなかの怪演っぷりである。
まず、『ラスト、コーション』の全体的な雰囲気はというと、ファム・ファタールのいるフィルム・ノワール調である。音楽もミステリアスな曲が多い。ギャングが出てきたりするわけではないので、完璧にフィルム・ノワールとは言えないが、それに似た雰囲気がある。前作『ブロークバック・マウンテン』とは全く異質の作品だ。アン・リーは常にジャンルの違う作品を作る稀な監督だ。またこの『ラスト、コーション』は女が暗殺者となり、政府に通じている重要な男に近づくという点で、内容的には今年公開されたポール・バーホーベン監督の『ブラック・ブック』に近いものもある。
ストーリーはなかなか見応えのあるものであるが、やはりこの映画の見せ場は話題にもなっている濡れ場ではないだろうか。それはわたしが想像していたよりも凄いものだった。少し前に日本でも公開になった『ショートバス』は性描写がとてつもなく多いが、全くエロさを感じない。しかし『ラスト、コーション』では究極のエロスというか、生々しいにも関わらず、芸術性を持ち合わせているのである。日本ではボカしが入るだろうが、あのトニー・レオンが本当に映画の中でセックスしているのですか?と疑いたくなる程リアルで、濡れ場は一見の価値ありである。
この映画は内容から推測して、非常にシリアスなドラマの様だが、実は笑えるシーンもたくさんあるのだ。馬鹿馬鹿しい笑いから、皮肉的な笑いまで様々で、監督と脚本家のセンスが良い。特に若い革命家達が初めて「殺人」を犯すシーンは素晴らしい出来で、怖いシーンのはずだが、何故か可笑しいのだ。わたしはコーエン兄弟の映画を観ている様な感覚に襲われた。
この映画の長さは約2時間半。この手の映画であれば、それくらいが妥当な長さなのだが、些か、映画全体の流れが、ゆっくりである為、アメリカではどう評価されるか気になるところだ。アン・リーが監督したということで観客は入るはずだが、アメリカよりもヨーロッパ向きの映画かもしれない。アン・リーの情熱は十分に感じることのできる作品であるし、映画の雰囲気も好きなのだが、作品の流れのせいか、観終わった後に少々徒労感の残る作品である。
(岡本太陽)