ミルコのひかり - 福本次郎

◆顔に感じる風は青。ざらついた木の肌は茶色。色の概念を表現する感性はそのまま芸術的に昇華され、視覚を失ったからこそ才能が開花する。研ぎ澄まされた主人公の耳は何気ない音にも意味を見い出し、音が主役の物語を紡ぎだす。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 顔に感じる風は青。ざらついた木の肌は茶色。色という概念を触覚で表現する感性はそのまま芸術的に昇華され、視覚を失ったからこそ才能が開花する。主人公の聴覚は敏感になり、見えないことが想像力を刺激する。さらに自然の音、人工の音、さまざまな音そのものに膨大な情報が埋め込まれていることに気付く。それは目が見える者は見過ごしてしまうような繊細なシグナル。研ぎ澄まされた耳は何気ない音にも意味を見い出し、音が主役の物語を紡ぎだす。

 銃の暴発で視力を失ったミルコは全寮制の盲学校に入れられる。そこに待ち受けていたのは厳しい規律と訓練、しかしテープレコーダーを見つけたミルコは音で自己表現する可能性を見い出していく。そんな時、フランチェスカという少女と出会う。

 視覚障害者といっても普通の少年、その冒険心を抑えることはできない。わずかな光を頼りに自転車に乗ったり、映画を見に行ったり、厳しい先生の目を盗んで仲間と秘密行動も取る。そのあたりはいかにも大人が考えた「生き生きした少年像」の域を出ておらず作り物めいている。やがてフランチェスカの語るおとぎ話が効果音持つことで視覚的作用を持つことを知り、音の収集に励むようになる。見えないことが聞こえないものを聞き分け、ミルコは直接視覚に訴えるようなサウンドを生み出す。

 ミルコがハンディを乗り越え人生をつかみ取る過程や、体制派の校長、理解ある神父、そして外部の協力者などの登場人物はいかにも通俗的でできすぎた話。一方で、10歳くらいの子供なら、自分の身に起きた不幸も大人ほど絶望感に打ちひしがれたりせず意外とすんなり受け入れるというあたりは非常にリアル。障害者も生きる権利と希望を持つべきという主張は理解できるが、リアリティとファンタジーの奇妙な混在がこの映画から躍動感を奪っていた。なにより情景が目に浮かぶようなサウンドを生み出すミルコの能力をもう少し描いてほしかった。

福本次郎

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