ミリキタニの猫 - 福本次郎

◆「自分は偉大なアーティスト」、自分の絵は「傑作」と言ってはばからない主人公。そこには絵画に生涯を捧げようと決心したのに、戦争によって夢を奪われ、数十年も回り道をした、彼の人生と失われたプライドが凝縮されている。(70点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 そこにいあわせた人々と関係者の運命を暗転させ、米国人の怒りを沸騰させた911テロ。ホームレスだった孤高の画家もその例に漏れず、瓦礫整理という名目で住み慣れた路上を追われる。彼の落ち着き先はドキュメンタリー映画作家のアパート。映像作家が画家を取材対象に選んだことから、画家の人生は好転する。それはかつて自分が米国政府や米国民から受けた差別への怒りが、やがてすべてを赦して受け入れようという変化。他人の役に立ちたいと願うものすごく親切な人もたくさんいる米国社会の懐の広さに触れて、心を閉ざしていた画家は笑顔を取り戻していく。

 独特のタッチの絵をソーホー路上で売るミリキタニという老人。リンダは彼の絵を買うことで撮影の許可を得る。やがてワールドトレードセンターが破壊され、行き場を失ったミリキタニをリンダは引き取る。そしてかつて日系人収容所ですべてを奪われたミリキタニの人生を取り戻す作業が始まる。

 米国で生まれ日本で育つが日本の教育になじめず米国に戻り、太平洋戦争で収容所に入れられる。米政府の仕打ちに市民権を破棄し、その後50年以上にわたって社会保障を受けずに暮らしてきたミリキタニ。そんな彼の身の上話からリンダはまだ生きているかもしれない彼の身内を探し始める。独特の筆致と色遣いで描く猫の絵は、ミリキタニ同様一度目にしたら忘れられないインパクトを持ち、彼と彼の絵に触れたものはミリキタニの再生に力を貸す。自由を制限された収容所の暮らしを描いた絵から、束縛されずに自由に生きる猫の絵への変遷が、彼の心の雪解けを物語る。

 いつも「自分は偉大なアーティスト」、自分の描いた絵は「傑作」と自分で言ってはばからないミリキタニ。そこには絵画に生涯を捧げようと決心したのに、戦争によってその夢を奪われ、数十年にわたって回り道をした挙句やっと認められたという、彼の人生と失われたプライドが凝縮されている。もはや80歳を超えた老齢、肉体からは生気は薄い。それでも画家としての才気は強烈に発している。肉親との感動の再会をクライマックスに持ってきて涙を誘うというあざとい手法を避けているのにも好感が持てた。

福本次郎

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