先端の科学に触発された斬新なサスペンスが目新しい。(点数 85点)
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まどろみの中から目覚めた男は列車のボックスシートにその身を沈め、向かいの席に座る見知らぬ女性が 親しげに話しかけることに戸惑う。自分のポケットに手を入れてIDカードを確認すれば別人の名前が記載されている。
彼の記憶では、自分は先程 までアフガニスタンで作戦行動中の兵士だったからだ。
8分後、列車は突如爆発。車両は炎に包まれ男はそこで意識が途絶える。
再び目覚めると狭 いコックピットに閉じ込められていることに気付く。
そしてモニターを通してオペレーターから告げられたのはプログラムで作られたシミュレーションの世界 に入り込み列車爆破テロの実行犯を突きとめることだった。
シミュレーターには人間が死ぬ直前の8分間の記憶を保存しており、その理論に従って仮想世界には8分 間の世界だけが忠実に再現されている。
男はその限定された世界の中で何度もその8分間を追体験しながら爆破犯を追い詰めていく。
それと同時に 不可解な任務を与えられた自分の状況についても次第に明らかになっていく。
限定された空間(列車など)で起きる密室劇は過去の名作を辿れば枚挙にいとまがないし、同じ時間がリ フレインする世界で主人公が翻弄される映画もいくつかは有った。
だが、タイムトラベルという概念ではなくシミュレーションの中で同じ場面を繰 り返して体験する手法は私の目には新鮮に映った。
主人公は8分間の世界の中で犯人を追い詰めるだけでなく、その仮想世界の住人にリアリティを 感じるようになる。
向かいに座った見も知らぬ妙齢の美女に心が惹かれ、最終的に乗客全員死亡というカタストロフに抗いなんとかして彼女だけで も救おうとリフレインする8分間に戻っていく主人公の行動は、梶尾真治の小説『クロノスジョウンターの伝説』で憧れの女性を救うために何度も 過去に戻る主人公の健気さと重なって胸が熱くなった。
しかし彼女を救ったにせよそれはシミュレーションの中だけなので現実の世界に何も影響を 与えることはないのだが、主人公にとって(ひいては観る者にとっても)リアリティとは何かひとつの答えを提示しているのが面白い。
それは周囲 の者にとってまがい物であっても自分が信じるものこそがかけがえのない“現実”であるという、現実と妄想の区別のつかない人間がすがりそうな 答えが、この映画の中ではたしかなリアリティを持っているというパラドックスを示し、そのコペルニクス的転回が観る者に驚きを与える。
仮想世 界と現実のどちらを選択するのかは現実的な人間ならばもちろん後者を選ぶことになんの疑いも無いのだが、その常識に反して主人公の心の中で起 こるパラダイムの変遷が観る者には興味深く、そして共感を呼ぶのである。
そのほかこの映画で印象に残ったのは捜査開始当初、主人公が疑う被疑者が世間一般で疑いの掛かりやす い人種が選ばれることである。映画ではそのような偏見に対して異議申し立てをしているのが興味深かった。
犯人も捕まえてみれば、リベラルな考 えを持つ人が向ける憎しみとは何かが分かって思わずにやりとしてしまうことも。
この映画は実はかなり政治的メッセージを含んだ作品であることにも注意して観てみるのも楽しみのひと つだと思う。
主人公はミッションの完了後、この8分間だけのシミュレーションの 世界に留まることを望むのだが、そこで、この閉ざされた仮想世界に隠された途轍もない真実を知ることになる。
それが何であるのかは、あなたの心のなかに潜む仮想世界を手掛かり に是非謎を解き明かしてほしい。
(青森 学)