ビリー最大の成果といえる「データに基づいた新たな価値の創出」は、あらゆる業界や組織のマネージメントに置き換えることができるだろう。(点数 75点)
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少しの疑いも持たないまま、常識、ルール、モラル、セオリー、既製のシステムなどを“最善”“最良”のものとして受け入れることに警鐘を鳴らした映画――それが『マネーボール』である。
元メジャーリーガーのビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は、アスレチックスのGM(ゼネラルマ・ネージャー)に就任する。チームは優秀な選手を雇うことのできない貧乏球団で、とてもワールドシリーズ優勝を狙える状態にない。ビリーは、データ分析能力に優れたピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)をパートナーに指名し、野球というゲームと選手の評価基準を一から見直した。ところが、選手の獲得法や試合での起用法を巡って、球団スタッフや監督と対立することになり……。
弱小球団アスレチックスのGMであるビリーは、野球の戦い方、選手の評価のあり方を問い正す。たとえば、ホームラン数や打点数よりも、出塁率や長打率の高さを重視する。ホームランや打点は華こそあれ、出塁率や長打率に優先されるほどの価値はない、というわけだ。
日本の野球ではおなじみの「送りバント」も、イチロー選手が得意とする「盗塁」も、決まれば盛り上がる「ヒットエンドラン」も、自滅行為として封印する。かつて高校球児であった筆者にしてみれば、「えっ、オレたちがしてきた野球は何だったの?」と文句のひとつも言いたくなる戦略である(ビリーも実際に球団スタッフや監督、選手たちの反感を買う)。
しかし、これこそが、ビリーとピーターが膨大な統計データを分析したうえで導き出した理論(マネーボール理論)にほかならない。アスレチックスは、球界での評価は今ひとつでも、マネーボール理論上は価値の高い選手をお手頃な価格で獲得し、彼らの能力が発揮されやすい形での起用法を試みる。
その結果、アスレチックは、シーズン中に驚異的な20連勝を飾る。これまでの常識を覆すやり方で、ビリーが旧態依然とした「根拠なき野球戦略」に風穴を開けた瞬間だ。ビリー最大の成果といえる「データに基づいた新たな価値の創出」は、あらゆる業界や組織のマネージメントに置き換えることができるだろう。
映画は、アスレチックスが常勝軍団に生まれ変わるプロセスを最大の見どころとしながらも、ビリーとピーターの関係、ビリーと球団の関係、ビリーと娘の関係という3つのストーリーをていねいに編み込むことで、従来の「成功」の定義を塗り替えることにも成功している。新しい「成功」の定義とは、「ワールドシリーズ優勝」という分かり易いものではなく、「自分の信念と情熱を貫き通せるか」という、極めて個人的かつ内的なものである。
経済映画のジャンルにカテゴライズされてもおかしくない『マネーボール』だが、多くの元野球選手をキャスティングすることで、野球の試合も「本物のメジャーリーガーがプレーしているみたい!」と思うほど自然に描いている。
移籍先が決まらず不安を抱える選手の様子や、トレード通達を受けた際の選手の反応など、厳しいプロスポーツの世界に生きる男たちの悲哀を描いた点も好感度「大」。多角的な視点から学びを得られる秀作といえるだろう。
(山口拓朗)