◆完璧を求める天才ミュージシャンの情熱そのもの(70点)
マイケル・ジャクソンの急逝がなかったら、はたして、この作品は誕生したか? との疑問はさておき、一流のアーティストの才能が満喫できる貴重な音楽ドキュメンタリーだ。2009年6月に死去したキング・オブ・ポップことマイケル・ジャクソンが、死の直前まで行なっていたコンサート・リハーサルの模様を収めた映像を編集し映画化したもの。マイケルはスタッフに細かい注文をつけるが口調はあくまでも穏やかで、彼の人柄が垣間見える。復帰ステージと位置付けたロンドン公演へ向けての準備は、完璧を求める天才ミュージシャンの情熱そのものだ。
近年は、ゴシップや裁判沙汰、奇行ばかりが話題になったマイケルだが、この作品を見れば、この人の音楽的才能に誰もが驚愕するはずだ。入念に準備したステージはどれも画期的な演出で、ロンドン公演にどれほど情熱を傾けていたのかが分かる。幻になったコンサートが実現したらどんなにか感動的だったろう。服が変わる回数からみて5?6回分のリハーサルの様子をつなげているようで、声は、ウォーミングアップとの考えからおそらく7割くらいのイメージで歌っているが、それでも圧倒的なのだ。リラックスはしているが手抜きはない。何よりも驚くのは、コンサートを作り上げる過程で見せるこの人の妥協のない姿勢だ。テンポ、リズム、音が流れない間(マ)の余韻まで完璧を求める。年齢は50歳だが動きはシャープで、踊りも素晴らしく、これが亡くなる直前の人間が見せるパフォーマンスかと驚いた。
映画という観点から見ると、コンサートで使用する予定だった映像が面白い。CGを使って10人のダンサーを数百人に見せて奥行きを出したり、代表曲「スリラー」のPVを3Dで撮った映像は本格的なものだ。映画ファンとしては、リタ・ヘイワースやハンフリー・ボガードと“共演”したモノクロの映像が特に印象的。「ギルダ」のリタから手袋を受け取り、ボギーと目を合わせるマイケル。遠い昔に亡くなった映画スターと、この世を去ったことがまだ信じられないポップ・スターがつながっている。不思議な味わいがあるそれは、いわば死の多重構造だ。マイケル・ジャクソンの超一流の才能が記録された貴重な、そして最後の映像で、改めて聞く名曲にも魅了される。エンドロールの後にもいくつかのシーンがあるので席を立たずに見てほしい。
(渡まち子)