ポー川のひかり - 福本次郎

無残に投げ捨てられ、開かれたページに太い釘を打ちつけられた書物の姿は机上の知識に対する死刑執行。女性検事が「芸術のよう」と口にするが、そのシーンはまさに古い価値観に対する決別を表明するアートの感性が満ちている。(50点)

 図書館の床一面にぶちまけられた百冊あまりの書物。蒐集者であった司教にとって、過去からの文化の継承であり心のよりどころでもあった宝物であるにもかかわらず、辱められた上にとどめを刺されている。無残に投げ捨てられ、開かれたページに太い釘を打ちつけられた姿は机上の知識に対する死刑執行。駆け付けた女性検事が「芸術のよう」と口にするが、そのシーンはまさに古い価値観に対する決別を表明するようなアートの感性が満ちている。串刺しにされた書物は、反逆者を皆殺しにした血なまぐささと断末魔の悲鳴が聞こえてくるかのごとく、見る者のイマジネーションを刺激する。

 古書磔刑事件の直後、容疑者と目された若くして名声を得た教授が突如大学から姿を消し、川べりの廃屋に住み始める。やがて地元の人々や他の川べりの住人とも交流し、教授は人気者となる。ある日、役人がやってきて、川べりの住人に強制退去を命じる。

 鉄格子の向こうに異状を発見した守衛が大声で叫びながら慌てふためき、どんな大事件が起きたのかと思わせるプロローグはスクリーンに引き込まれる。その後警察の現場検証、容疑者のリストアップの過程で、教授の授業や司教と教授の論争を挿入し、これからどれだけ知的でスリリングなミステリーが展開されるのかと期待させる。ところが、世の中とのしがらみを断ち切った教授に自由な生活を送らせることで、物語はまったくの転調を見せるのだ。

 教授が葬ったのは宗教関係の書物らしい。キリスト教の優位性に疑問を投げかけ、象牙の塔にこもる司教を否定する。書物に記された叡智など、実践の伴わない無用の長物とばかりに人間との交流を大切にする道を選ぶ。にもかかわらず教授は川べりの住人から“キリストさん”と呼ばれている。「神こそこの世の虐殺者」と言っていた教授が、いつしか立ち退きを迫られた住人の救世主となっている皮肉が効いている。しかし、教授自身の思想が、聖書のエピソードを借りた寓意とか難解な哲学用語を通してしか語られず、結局何を目指していたのかよく分らなかった。

福本次郎

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