ブラッド・ピットとデヴィッド・フィンチャーの再コラボ実現!(65点)
ある時計職人が戦争で息子を失った。そして息子を戦争へ送り出した事への後悔を胸に彼が作り上げた時計はなんと針が逆に戻るものだった。もし戦争へ旅立つ息子を引き止める事が出来たら、時間さえ戻れば戦争で死んでいった若者達の命を救う事が出来るかもしれないのに…。その時計職人はその後、1人姿を消した。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生(原題:THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON)』はこうやって物語の幕を開ける。
本作はF・スコット・フィッツジェラルドの「ジャズ・エイジの物語」に集録されている同名の短編小説を基に映画化されたもので、80代の容姿でこの世に生を受けた男ベンジャミン・バトンの人生を描く。出産で母親は死に、父親に老人ホームの外に置き去りにされたベンジャミンはだんだん若返っていくという奇妙な身の上に生まれた。ベンジャミンの外見は同じ家に一緒に住む老人達となんら変わりないが、ある日そこでデイジーという少女と運命的な出会いをする。そして彼らは恋に落ちるが、ベンジャミンは若返り、デイジーは年をとっていくという障害を乗り越えていかなくてはいけない…。
このファンタジーの様な映画を監督したのは『セブン』『ファイト・クラブ』のデヴィッド・フィンチャー。また本作の主演はブラッド・ピットで、彼らのコラボレーションは今回で3回目となる。物語の舞台は原作のメリーランド州ボルチモアとは違うルイジアナ州ニューオリンズで、ピットはよぼよぼの80代の外見から時が経つごとにどんどんシワが無くなっていくベンジャミンを熱演している。
デイジーにはケイト・ブランシェットが扮しており、彼女は10代のデイジーから演じているため、若い肌を作り出すため顔がアニメーション的にCGで加工されているのが非常に印象的だ。またピット氏も物語の後半には随分と若返り目映いばかりの輝きを放つ肌に変わるため、『リバー・ランズ・スルー・イット』等の彼の若き日を思い起こさせる。
本作は基本的にはベンジャミンとデイジーの試練多き恋愛を描いているが、ベンジャミンの父トーマス・バトンにジェイソン・フレミング、ベンジャミンの育ての親クィーニーにタラジ・P・ヘンソン、ベンジャミンが働く船の船長マイクにジャレッド・ハリス、デイジーの娘にジュリア・オーモンド、デイジーの幼少期にエル・ファニングが扮し物語を彩る。またベンジャミンがロシアで出会い情事を重ねるエリザベス・アボットには『フィクサー』でアカデミー助演女優賞を受賞したティルダ・スウィントンが扮しているのだが、今や演技面で人々から大きな期待が寄せられている彼女なだけに、エリザベスはどんな女優がやっても良かった役なのが残念だ。
この映画は簡単に言えば化学実験で、フィルムとデジタル撮影の融合、 CGを多用し俳優を若返らせたり、年をとらせたり、そんな事をやっているうちに150億円程使ってしまった作品だ。物語自体よりもビジュアルに命を掛けている作品と言えよう。またデヴィッド・フィンチャーらしさも伺う事が出来ず、彼のファンには少々期待はずれの作品で、この手の物語ならロバート・ゼメキスあたりが撮っても問題なかっただろう。
ところで、この物語の中ではハチドリが象徴的に登場する。その軽い体は人から抜け出した魂の様に飛翔する。ところがこれはどこかで見覚えがある。そう、それは『フォレスト・ガンプ』のくるりくるりと空へ舞い上がる白い羽。本作の脚本家エリック・ロスは『フォレスト・ガンプ』の脚本を手掛けたというから納得で、その他にも1994年度アカデミー作品賞受賞映画とのいくつかの類似点を『ベンジャミン・バトン』に見るだろう。また悲恋の超大作でもあるため、本作はまるで『フォレスト・ガンプ』×『タイタニック』である。
「若返り」は時に人間にとっての永遠のテーマの様にも感じられる。しかし、例えば、人間が逆さまに年をとるとしたらわたしたちにはどんな可能性があるだろうか。年をとる事がもっと楽しくなるだろうか。わたしたちの未来はもっと明るくなるだろうか。この映画を観るとその可能性を自ずと考えてしまうだろう。
(岡本太陽)