カサヴェテス家の末娘が長編監督デビュー。30代独身女性の悩みをリアルに描いている。(65点)
ノラは、NYのホテルで働く30代半ば・独身のキャリア・ウーマン。男性との付き合いで失敗続きのため、運命の出会いをあきらめかけている。そんな時、情熱的な仏人ジュリアンと出会い惹かれるが、素直になれずにいた…。
映画界のDNAは受け継がれる。ゾエ・カサヴェテスは尊い遺伝子を持つ一人だ。彼女は“インディペンデント映画の父”で故ジョン・カサヴェテスを父に、名女優ジーナ・ローランズを母に持つ映画界のサラブレッドだ。芸術映画寄りだった父の影響を受けつつも、自分らしい作品にこだわっている。気負わないテイストが何より好感度大だ。自らの人生経験を活かしたこの物語は、コミカルでほろ苦い、大人のおとぎ話のような雰囲気がある。
キャリアも魅力も持っていて、それなりに充足した自分のライフ・スタイルを変えるのが、ちょっとおっくうなのが30代独身女性の本音。周囲が、結婚、結婚とプレッシャーをかけるのが悩みの種だ。それでも、まだ運命の恋を待っている。ノラは、気になっていた彼と親友が結婚してしまったり、好きになりかけた男性から裏切られたりで、すっかり弱気になっていた。「私を愛してくれる男性なんていないんだわ」。あきらめモードの彼女と、心配する家族や友人を通して、大都会NYの暮らしぶりと恋愛事情を軽やかにスケッチしていく。
恋に臆病になっているノラが、ジュリアンとの出会いに警戒し引いてしまうのが何ともリアルだ。情熱的にアプローチしてくる彼のことは好きだけど、また傷つくのは怖い。だがこのイケメンのジュリアン、意外にもいいヤツだ。一見、軽そうなのに、実は誠実な好青年。口説き上手なのはラテンの血がそうさせるのだから仕方ない。ハードルが高いこのキャラを、メルヴィル・プポーが嫌味にならず、サラリと演じている。ノラが自分の気持ちに素直になろうとした矢先に彼は言った。「僕と一緒にパリに行かないか」。悩んだノラはいったんは断るが、迷った末に親友と共にフランスへ。ヒロインの心の揺れを丁寧に描いたNYパートに比べ、パリでの展開は少々雑で表層的。バランスを欠くのが気になるが、あと味は悪くない。現在、仏人の夫とパリに住む異邦人ゾエには、偶然とロマンティシズムこそ、パリに対して抱くイメージなのだろう。
主演のノラを演じるのは“インディペンデント映画の女王”と呼ばれるクセもの女優パーカー・ポージーだ。本作ではナチュラルな魅力に加え、陽性の悩みっぷりが可愛くてつい応援したくなる。インディーズの香りは残しつつ、親しみやすく柔らかな感性の作風が、ゾエ流だ。
タイトルの“ブロークン・イングリッシュ”とは、異なる言語による勘違いに例えて、完璧ではないコミュニケーションの中で互いに歩み寄ることの大切さを提案するもの。NYとパリという世界で最もおしゃれな都市を舞台に選んだことで、シンプルな物語に彩りが加わった。この等身大のラブストーリーは、少しの勇気で幸せになれるんだよと、優しく語りかけてくれる。自分がいるべき場所は必ずある。愛し愛されることを怖がりさえしなければ。
(渡まち子)