ブレイブ ワン - 福本次郎

◆理不尽な暴力を受けたことで風景が突然変わる。他人の視線や足音に脅え、街が敵意をむき出しにしているような恐怖。ジョディ・フォスターは怒り、悲しみ、恐れ、そして復讐のかなたにある感情を神経質なまでの繊細さで演じる。(40点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 理不尽な暴力を受けたことで風景が突然変わる。他人の視線に過剰反応し、足音に脅えてしまう。平和で安全だと信じていた街が、敵意をむき出しにしているような恐怖。心身に深い傷を負ったヒロインの思い込みであると分かっていても、その感覚は非常にリアルに伝わってくる。さらに銃を手に入れることで今度は彼女の慄きが全能感に変化し、独善が暴走する。もはや自分では制御できない心と、それを冷静に見つめ分析するもう一人の自分。ジョディ・フォスターは怒り、悲しみ、恐れ、そして復讐のかなたにある意識を神経質なまでの繊細な表情で演じる。

 ラジオパーソナリティのエリカは恋人と散歩中に暴漢に襲われ、恋人は死亡、自身も重傷を負う。回復後、ヤミで拳銃を手に入れ、夜な夜な街を徘徊してはチンピラを射殺していくうちに、彼女は処刑人としてマスコミの寵児となっていく。

 街のダニのような悪党どもを次々と血祭りにあげていく過程で二度目の変容を遂げたエリカは、いつしか自分が神の代理人のような気分を味わう。引き金を引くことは正義の執行。自分に降りかかってきた火の粉を振り払っているうちはまだ許容範囲だが、何を勘違いしたのか警察が追い詰めきれない容疑者まで殺してしまう。そしてその行為に何の後ろめたさも感じていないエリカにはむしろ嫌悪感すら覚える。911テロ以後の「疑わしはぶっ殺す」という米国流の間違った正義感がこの映画には蔓延している。

 しかもエリカは自分たちを襲った犯人の手がかりをつかむと、単身アジトに乗り込み全員射殺。最後には処刑人の正体がエリカだと知った刑事が復讐に手を貸すというアホらしさ。本来ならこの刑事が理性を持ってエリカに接し犯行を阻止すべきなのに、映画は観客の感情に迎合してしまっている。チャールズ・ブロンソンが主人公を演じたこの映画の元ネタ「狼よさらば」の含みを持たせたエンディングとは雲泥の差だった。

福本次郎

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