ライアン・フィリップ主演映画、クリス・クーパー、ローラ・リニー等(75点)
米国で2003年に公開された『Shattered Glass(邦題:ニュースの天才)』という映画がある。The New Republicという政治雑誌で執筆していたスティーブン・グラスという記者が野心故にニュースを報道するのではなく作った、という実話を基にした映画だ。ニュースを発信する側がニュースの題材となるという出来事を描いたビリー・レイ監督の前作が興味深かったので、次回作のこの『アメリカを売った男』を観た。
2001年5月に20年以上に渡ってソビエト連邦それからロシアにアメリカ合衆国の秘密を流し、アメリカ史上最大の損害を招いたとされるロバート・ハンセンという男がFBIによって捕まった。映画はその男が捕まったときから2ヶ月さかのぼった頃からの話。ロバート・ハンセンをクリス・クーパーが、ハンセンを監視しエージェントになることを目指す若者エリックをライアン・フィリップが演じている。 2001年というとそんなに前の話しではないような気がするが、2001年のニューヨーク同時多発テロ同様、もう映画化される時期なのだろう。
ある日エージェントを目指しているエリックはケイトというFBI捜査官から呼び出される。それはベテランFBIエージェントで性的異常者のハンセンという男の毎日の行動を見張るという指令だった。エリックはしばらくこの男の行動を毎日見張ったが、何も怪しい言動は見えない。そこで苛立ちにも似た疑問が湧く。ほんとうにこの男は監視に値するのか?しかしエリックはケイトからハンセンの本当の容疑を聞かされ、その事実に愕然とするのだった。
まずわたしたちはこの物語の結末:ロバート・ハンセンは逮捕される、という事実を知らされる。その上で話は進んで行く。しかし脚本の良さ、クリス・クーパーのミステリアスな演技により、とても緊張感のある作品になっている。また秘密と嘘を上手に描く展開はわたしたちを飽きさせる事が無い。そして20年間も国の大損害になる犯罪を行っていたハンセンがとても自然で人間臭く描かれていた点は見所の一つだ。
この映画は2007年2月16日全米公開で興行収入ランキング初登場6位だった。ビリー・レイの初監督作品でインディペンデント系映画だった『Shattered Glass』は批評家から評価され、今回ユニバーサルピクチャーから配給された『アメリカを売った男』は監督にとっては賭けだったはずだ。今作はいまいちのヒットだが、映画の鑑賞者はこの作品を気に入っている人が多いようだ。わたしもこの作品は好きだ。なぜならこの映画は見所として犯罪者のハンセンを人間臭く描いていたと言ったように、わたしたちの固定概念というか思い込みみたいなものを払拭してくれる映画だからだ。わたしたちは日頃から決めつけていることが多い。あの人とは気が合わない。自分だけが親に愛されていない。五体満足が普通である。例えばそんなことだ。しかし時にわたしたちはそんな思い込みをフッと消しさってくれる瞬間に出会うことがある。そのときにわたしたちの視野が広がる。この映画はわたしたちにとってそういう映画かもしれない。
(岡本太陽)