ブラッド - 福本次郎

◆肉体は吸血鬼でも人間の良心は胸に残ったままという、吸血鬼になりきれない吸血鬼。スタイリッシュな映像で従来の吸血鬼モノと一線を画そうという試みは理解できるが、アクションも展開もぬるく、中途半端な構成は先が読める。(40点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 吸血鬼に襲われたものは吸血鬼となり、飢えと渇きを癒すためには自分もまた人間を襲わなければならない。そんな自分が許せなくて自殺を図るが、一度死んだ身には死は訪れない。肉体は吸血鬼でも人間の良心は胸に残ったままという、吸血鬼になりきれない吸血鬼が自分の血を吸った吸血鬼たちに復讐を誓う。しかし、スタイリッシュな映像で従来の吸血鬼モノと一線を画そうという試みは理解できるが、アクションも展開もぬるく、中途半端な構成では先が読めてしまう。

 新聞記者のセイディーはあるカルト集団の取材中に吸血鬼に襲われ、死ぬ。死体安置所で蘇った彼女はアーチェロという吸血鬼に救われ、自分を襲った吸血鬼集団を追い始める。そして彼らのボス・ビショップを探し出す。

 吸血鬼の世界にも当然ながら主導権争いがあり、失脚した元ボスがセイディーに力を貸したり、娘を吸血鬼に殺された刑事が途中からビショップ狩りに参加したりと、思惑が一致する者に助けられるというのが新しいところ。ビショップ憎しという一点において吸血鬼・半吸血鬼・人間の3者が力を合わせて闘うという「敵の敵は味方」という理論。だが、その途中でセイディーは罪のない人間を2人も殺すなど、倫理観は非常にいい加減。吸血鬼としての体が苦しみを人間の心で自制するという葛藤があまりなく、このヒロインには到底感情移入できない。

 また、せっかく吸血鬼になったのだから、もっと人間離れした身体能力を身につけてもよいはずなのに、拳銃で撃たれても死なないとか傷の治りが早いというくらいしか特殊能力がない。銀の矢を心臓に突き刺すと死ぬのだから、はっきりいって弱くなっているのだ。だからこそ吸血鬼たちはひっそりと暮らしているのだろうが、これでは吸血鬼に対する恐怖心はまったく沸いてこない。アクションシーンにかけるカネがないのなら、彼らを社会のマイノリティとして描くとかして、人間こそ恐ろしい存在というくらいの発想が欲しかった。

福本次郎

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