ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない - 小梶勝男

◆一種の「不況モンド映画」。「キサラギ」(2007)の佐藤祐市監督が、説明過剰だがスピード感のある演出で、暗く悲惨な話を明るく前向きなエンタティンメントに仕上げている(69点)

 ブラック会社とは、残業当たり前、ムチャな仕事量、頭のおかしい同僚、安い給料とマイナス材料がそろい、社員が奴隷のように扱われる職場のことらしい。そんなIT会社に就職した高校中退・ニートの青年の物語。

 イジメを受けて高校を中退し、8年間も自宅に引きこもっていた真男(小池徹平)は、母の事故死をきっかけに一念発起、プログラマーの資格を取って就職活動を始める。どこにも断られ、やっと就職できたのが「黒井システム株式会社」。ところが、そこはとんでもないブラック会社だった。職場の同僚は、どなりちらすが仕事をまったく教えてくれず、責任感ゼロのリーダー(品川祐)、リーダーに追従するだけで仕事の能力ゼロのお調子者・井出(池田鉄洋)、言語不明瞭、挙動不審な上原(中村靖日)、経理担当で社長の愛人といわれるお局様(千葉雅子)、なぜここにいるのか分からない人格者の藤田(田辺誠一)ら。そこに、派遣社員で恋愛に積極的な女性・中西(マイコ)や出世欲の塊・木村(田中圭)が加わって、最初から絶対不可能、期日が間に合わないと思われる仕事に挑むことになる。

 原作は2ちゃんねるに書き込まれた実話だ。SABU監督の「蟹工船」などと一緒に「不況モンド映画」とでも呼べばいいだろうか。今の世の中、ここで言う「ブラック会社」は山ほどあるし、ほとんどすべての職場にどこかで「ブラック会社」に通じる部分があるだろう。共感できる部分は非常に多かった。

 「キサラギ」でワン・シチュエーション・コメディーに手腕を見せた佐藤祐市監督は、本作でも非常にテンポよく物語を進めて行く。よどみのない語り口は見事といっていいだろう。

 時にはマンガのオノマトペ(擬音語・擬態語)のように画面にセリフを文字にして出し、2ちゃんねる(劇中では「Bちゃんねる」となっていた)の書き込みをそのまま画面にかぶせ、登場人物のイメージを「三国志」になぞらえたゲームのような映像を見せる。「わきが」の臭いはアニメーションで、延々と続く仕事は軍隊での死の行進として表現される。主人公の真男の「分身」まで登場し、真男と会話することで、セリフに出来ない思いもすべてセリフにしてしまう。とにかくストーリーを面白く、分かりやすく伝えよう、という断固たる意思を感じた。

 さらに、セリフ自体も過剰気味だ。あえてなのだろうか、ここまで説明しなくても、と思うほどだ。

 真男がついに「限界」に達して自分の思いの丈をぶちまける場面も、真男の周りをぐるぐるとキャメラが回転する演出に加え、余りにも真男がしゃべりすぎるので、せっかくの見せ場なのに、観客はやや引いてしまうのである。

 舞台劇のような演出とストーリーのどんでん返しで見せる「キサラギ」では、説明過剰が良かった。だが、本作のようにリアルな共感を核とするべき作品では、観客に想像する余地や情感を味わう隙を与えないテンポの良さが、表面的な「共感」を怒涛のように繰り出しつつ、かえって深い共感や感動を遠ざけてしまうのではないか。

 一方で、語り口のスピード感や画面に「文字」を乗せる手法、「三国志」や「軍隊」になぞらえた映像などが、深刻で悲惨な話を、明るく前向きで、笑えるエンタティンメントにしているのも事実だ。よくも悪くも、佐藤監督の持ち味は発揮されているといっていいのかも知れない。

 不況モンド映画として、「蟹工船」などより遥かによく出来ているし、ブラック会社の面々のキャラクターはとても面白い。個人的には、派遣社員を演じたマイコが良かった。「山形スクリーム」の女教師と同じような役柄なのが可笑しい。主演の小池徹平も好演だった。説明過剰な演出でもそれほどしつこさを感じなかったのは、小池徹平の持つ透明感のおかげかも知れない。

小梶勝男

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