ブラック・スネーク モーン - 福本次郎

◆妻に逃げられた農夫とセックス依存症の女。お互いが相手の心にあいた深い穴に気づき、それを埋めるために気持ちを通わせていく。しかし、この作品の非現実的な雰囲気は、夢の中で夢を見ているような地に足のつかない感覚だ。(30点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 妻に逃げられた信心深い農夫とセックス依存症の若い女。お互いが相手の心にあいた深い穴に気づき、その空白を埋めるために気持ちを通わせていく。しかし、この作品はどこか非現実的な雰囲気が終始漂い、夢の中で夢を見ているような地に足のつかない感覚に見舞われる。それはS・L・ジャクソン扮する主人公の信仰と良心に基づく行為が、余りにもセンスの悪い音楽とあいまって、見事に空振りしているからだろう。この男女の物語を通じてブルースの神髄を語ろうとする試みは計画倒れに終わっている。

 元ギター奏者のラズは、ある日殴られて道端で気絶している女・レイを拾う。レイは恋人・ロニーが出征した寂しさを紛らわすために男なら誰にでも体を開くという評判、ラズはレイの病気を治すために彼女を鎖で縛り、自宅で矯正しようとする。

 ラズは善良な人間で誰からも信頼されているが、弟に妻を寝取られるような間抜けな堅物。レイは性欲を抑えることができず誰もが素行の悪さを知っているが、ロニーのことは愛している。老いた黒人男と若い白人女。ほとんど共通点のない男女だけに、2人の会話はかみ合わない。ラズは献身的にレイを介護するが、本当に治したいのは殴られた傷よりもセックスを我慢できない心の弱さ。そしてラズ自身も、ギターをもう一度手にすることで離婚の痛手から立ち直ろうとする。彼らの姿を通じて、人生のどん底から愛や信頼、希望を取り戻す過程を描こうとしたのは理解できるが、表現のトーンが内容とマッチしていない。

 しかも、レイは神経症で除隊になったロニーとめでたく結婚するのに、そこにも水を差すようなシーンが挿入される。ここまでくると映画の方向性自体が迷走しているようで、結局何を言いたいのか分からない。映画の冒頭とラスト近くに挿入されるブルースのライブ映像が男と女が紡ぎだす物語の不思議を歌うのだが、それが暗示する到達点に映画は達していなかった。

福本次郎

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